作品名w-i-l-l
元ネタWarframe
公開日20150217
公開場所Pixiv小説
頒布イベントなし
掲載誌なし

§

それは古代先進文明などではない。確かにかつてはそういう存在ではあったが。いまはすっかりその性質を変えている。宇宙膨張の外側、その変化を俯瞰する異軸空間上に存在する片側観測世界のことなのだ。我々の住まう宇宙内とはまったく異なる数理に従い成立するその世界は、我々の宇宙における全ての可能性分岐宇端ブランチを重複的に内包しており、全てのifもelseも、somethingもanythingも同時にtrueたりえる(またはfalseであってもいい)超軸性の存在であって、本来我々からではその存在を予測と仮定の数式上にしか見いだすことが出来ないものである。

それが存在する世界よりの観点では、我々の宇宙における原初の過去から終わらない未来に渡る無限の時間はただの一点に集約されており、かの観点では我々が全く取り戻すことの出来ない、至ることの出来ない時点を恣意的に抽出することもまた可能である。

オロキンとは、観測者である、創造者ではないにせよ。

神、というものを何と定義するのかにもよるが、造物主であるかどうかの一点にてそれを論じようというならば、ナンセンスと言わざるを得ない。であれば、神とは意識も意思も持たない単なる〝現象〟である可能性が極めて強いのだから。

我々人間が求める神とは、全知全能の得体の知れぬ存在ではない。全知全能の、人なのだ。でなければ我々は、神を想像できない。想起し、敬愛し、祈祷し、信奉し、信仰し、服従するのに、不定形で白痴の存在では〝締まりが悪い〟。

オロキンはかつてこの太陽系を支配していたが、超軸性宇宙へ存在を昇華することが叶い、今はこの世を去って、星々が散りばめられたあの宇宙天蓋の外にいる。我々を俯瞰し、人間を導く存在となって、〝うえのほう〟から観察しているのだ。

彼らはそうせざるを得なかったのである。天国への扉を、何も必ずしもくぐる必要はなかったのだが、オロキンの民は自ら作り上げた戦勝の英雄によって、そこへ追いやられた。

テンノ。奴らはオロキンを裏切りこの世界から栄光と繁栄、何より約束されていた長きにわたる平和を破壊し、混乱を招く災厄に他ならない。

背信者に死を供え、オロキンの再来に備えよ。

§

海王星、どうだった?

別にどうって言うこともないですよ。ただの会計監査立会いですから。朝から晩まで、主監査官の横に立ってにこにこ笑ってるだけです

アンベルは肘をつき、どこか悪戯っぽい様子で私を見る。相変わらずの長い髪、綺麗な肌。切れ長の目。細い四肢。

かつて人は性別という二値のパラメータによってばっさり二つに分けられていたのだという。古く野蛮な歴史上に存在する、不合理極まりないナンセンスな制度だ。

現代では、性別というパラメータは諸々の人種差別に関わることと、主義主張や思想と実質的に変わらない情報であるとして、各種身分証明書からその記載が削除されている。それに従うように、性別パラメータは人の外見を決めるものではなくなった。人自体もまた、現代では二値の溝を埋めるように容姿の上で差はほとんどなくなっていた。区別するとすれば性器の形状だが、それも進化の過程で胸腺同様に年を経る毎にすっかり萎縮する器官となっている。性別とは、何ら実効性のない区別なのだ。

敢えて遺伝子型性別を表記するとすれば、アンベルはXX種で女性質である。

それより主任、勝手に部屋に入らないで下さいって、前にも言いましたよね?

合鍵をくれたってことは、そういう意味かと思ってたんだけど

勘違いがあったなら、鍵を返して下さっても構いませんが。私はあくまで〝緊急事態用〟としてお渡ししただけです。

私は、返して、とは口に出さずに手だけを差出して、この上に先月渡したこの部屋の鍵を乗っけろという表情シグナルを発する。だがアンベルは、わかったわかったもう勝手に入らないから、と苦笑いするだけで鍵を返すつもりはないようだ。

私も私で、別に本当に返してもらいたいわけではない。今更、拒絶するつもりもない。多分、もう一度勝手に入っても同じように言うだけだろう。もっと言うのなら、アンベルがもっと強引に私の中に入ってこようとするのなら、それも甘んじて許そう……というか、本音は、そうして欲しかった。上司と部下という関係を濫用してでもいいから、私を、欲しい。そうやって、強引にされたら、私だって……。

絶対に口に出してはやらないけど。

そうツンツンしないでよキャロ。せっかくの可愛い顔が台無し

主任が言うと嫌味でしかありませんね。こんなごつい女目の前によくもそんな科白

キャロ。私をそう呼ぶのを許しているのは、アンベルだけだ。アンベル以外には、キャロル、とさえ呼ばせていない。

とにかく。アンベルは、私よりも随分と姿ということだ。ちなみに私はアンベルとは違い、XY種の女性質である。

私とアンベルの間に何の差があるというのか、少なくとも、かつて性別が人種を区別していた頃、私のXY種こそが女性質を名乗り得て、それに相応しい容姿を持っていたはずだというのに。一般的なコーパス市民が性別を失い均質化していく中で、私とアンベルの間は、原初の区別通りの差を抱えているのでさえなく、その真逆を行っていた。何という、不条理だろうか。

性別なんて、本当に滅んでしまえばいいのに。グリニアではクローン技術が実用化され、今は遺伝子に損傷を与える不完全な技術であるものの、その研究は日進月歩と聞いている。であれば、未だにあるこうした遺伝子型に因る人種差別を、完全に撲滅すべくその技術は使用されるべきである。……とは、私が常々喧伝していることではあるが、私の周囲に遺伝子型人種区分で悩んでいる奴など誰もいない。むしろ目の前のアンベルにいたっては楽しんでさえいるようだった。何という、不条理だろうか。

そのアンベルが海王星帰りの私を、私の家に上がり込んで待ち構えていたという、今の状態を説明するならそういうことだ。ついでに言うなら、私は出張帰りで草臥れた様子を自覚しており、出来ればこんな格好でアンベルと対面はしたくなかった。

監査は本業じゃないでしょ?私、そんなことを聞くために、キャロの機嫌を損ねてまでここで待ってたわけじゃないわ

察しが悪いのねえ、と口角を釣るアンベル。その表情と言葉は、本当に私を察しの悪い女だと言っているのではなく、わかっているのだから遠回りはさせるなという意味を孕んだ彼女なりのウィットだ。

それなら、アンベルが望んでいるのはあの件に違いない。私は仕方なしにとその言葉を口にした。

Lyca-onの件ですか

Lyca-onとは開発中の兵器の名前である。Zanuka、Jackal、Hyena、Harvester、Lynxなどと同系に併記されるが、本質的にはもうそこからスピンアウトした別計画だ。目指すところは全く違うし、Zanuka系列と似ているのは外見だけ。AladVからは「金さえ払えばZanuka由来の技術を部分的に使うことは許可するが、あらゆる責任は取らない」と理想的な突っぱねられ方をしている。まあ、恩は買っておこう、というのがアンベルのスタンスだったが、私達軍閥としては、権力闘争渦中から研究と技術だけを抜き出す都合の良い形になっていた。

M.S.C.Sの0.8.03アップデートは問題なく完了し、理論上Lyca-onのVOID突入とVOID内での操作が可能になっています。まあ現地運用の手前ですから、問題など起こるはずはないんですけど。茶番ですよ。

キャロの方は?

私?

あーあ、キャロの身体検査、私がしたかったなあ。ね、適性試験と身体検査、あったんでしょ?結果は?

なんだか怪しい手つき、下から持ち上げた何かを揉むみたいな。私がアンベルに勝ってるものがあるとすれば、確かに背の高さと胸の大きさくらいかも知れない。でも、そんなに言うなら、無理矢理にしてくれればいいのに。隣で寝てても、全然興味示さないくせに。それってアンベルなりのサービストークなわけ?

「そういう身体検査はありません、非接触点検だけです。T-ポジティブは、今のところ目標値を維持しています。キーチームのダミー作成は進捗が悪いようなので予定通りとはいかないでしょうが……無人機(モック)突入が成功すれば、次はM.S.C.S搭載型の実突入試験、現地での運用ですから。私の価値は、そこで試されるということでしょう」

私はキャロの価値をテストパイロットとしてしか認めてないわけじゃないよお、とアンベルは少し口を尖らせる。

今回私が海王星へ赴いた表向きの理由は会計監査の助手だったが、アンベルはZanukaプロジェクトのスピンアウト開発計画「Lyca-on計画」の開発主任。私の本当の役職は会計のかの字も知らないアンベルの部下で、元々はアンベルと同じく開発スタッフであったが、今はLyca-onのテストパイロットを任されている。

アンベルとは同期なのだが、彼女の方は教育機関を出てしばらくサブストリームの研究機関で働いてから、本社付の主任研究員、私はCCSA(CorpusCorporateSelf-DefenseArmy)で軍人として軍役の傍らで研究職を兼任していたのを引き抜かれてここに来た。科学者としてアンベルの方が圧倒的に優秀だし、キャリアパスも全然違った……はずなのに、このLyca-onプロジェクトで一緒になった。このプロジェクトがキックオフされてからもう30年くらいが経つが、それ以前のアンベルについてのことは、ほとんど知らない。これから、きっと知っていくのだろうという甘苦い期待はあるけれど。

主任の意向なんて関係ないでしょう。私はもう他の役職も解除されていますし、Lyca-onの適性がなかったら、いよいよお役御免じゃないんですか

そしたら私のところに永久就職しなよ。キャロの遺伝子なら喜んでお迎えだよお

……冗談じゃありません。

遺伝子をなんたら、とは、子供を作ると言うことだ。人間から生殖機能が失われて久しいが、グリニアがクローン技術で大量に均質の子孫を残そうとした(そしてそれは失敗している)のと同様に、コーパスでは人工授精が主流になっている。テクノサイトウィルスの大流行以降人間から生殖機能が衰退してから、性別という人種区分が消えた背景にはこうした世代継続の方式も関係していた。今日では、生殖機能が旺盛に正常だった人間よりそれが弱い人間の方がウィルスでの致死率が低かったために起こった選択的進化との見方が有力だが、それを進化という言葉で言い表すのには賛否両論あった。賛成意見、つまり性別の形骸化を正方向に捉える論客が有意に存在するというのは、それがテクノロジーによってフォローされ、結果的に性別というパラメータがあったころよりもより自由で拡張性のある人生がコーパス市民の間に浸透したという事実に基いてのことだ。

サイバネティクス技術の発展に伴う平均余命の劇的な長期化によって、人が「社会的に」成人と認められる年齢も急激に晩期化している。その年齢になる頃のにはもう生殖器は衰退しており、性行為は望めないのだ。かといって、生殖機能が正常な年齢ではまだ社会的に独立が認められておらず、逆に性行為によってなされた子供は、社会的に認められていない未熟な子供同士が作った子供ということとなり、社会的に忌避される。また、妊娠を期待した性交渉はXY種とXX種の間でしか行えないため、子供を作るという目的での性行為とパートナーを選ぶという観点が合致しないことが多いのだ。一般的に、寿命は300~500歳程度、子供の自立意識の芽生えは100歳程度になっていた。そのころには生殖器官は機能を失っている。

だから、大人として家庭を維持するに満足した経済基盤をもった年齢になってから、パートナーとしても分かり合える相手と、体細胞由来の人工精子と人工卵による人工授精によって子供をもうけるというのが、現代の子供を持つパートナー同士の99%以上を占めている。今では肉体由来の性的行為を汚らわしいものだと忌避する人間も多い。ウィルス感染という契機を分岐点に生き残った人間たちだ、幾らかでも感染経路を減らしうる考え方の人間が多く、生き残ったに違いなかった。これに異を唱える市民団体もあるがごく少数であるし、グリニアもグリニアで、クローン技術の濫用から、遺伝子型観点以外の身体的な性別はサイバネティクスパーツの型を示すのみとなっているらしい。現代太陽系において、人間は、自らが異形配偶子生殖の生物であることを種としての劣的特徴とみなしていた。

それでも、愛とか恋とかそういう感情の一つのアンサーとしての「子供」は未だに色濃く残っている。人間が生物として持ちうる最後の一線かもしれない。私だって、一応、そういう欲求は、あった。でも。

もう、子供を作れる身体じゃありませんから

そんなこと無いわ、私、キャロのなら……

気休めを言わないで下さい

アンベルに、自分の遺伝子を提供する。考えただけで胸がきゅんと締め付けられるけれど。でも私の体はM.S.C.Sに適応するように様々な実験や操作が施されている。遺伝子にも少なからず損傷・変成を生じており、最近は心身にも影響が出始めていた。気が短くなり、操縦では非常に高い集中力を引き出せるが、操縦以外においては散漫となり持続しない。記憶の時系列があやふやになることがあり、論理的な処理が少し下手になっていた。これは明らかに遺伝子や肉体改造の影響、後天的なものだが、遺伝子にかかわることであるからこそ、とても生殖に使用できる体ではないのだ。無理に私の遺伝子で人工授精を行おうものなら、その結果はグリニア人の体に答えがでている。身体的な障害はサイボーグ化で補えるが、精神面に現れた障害を矯正する技術は未だにない。そうなれば、産まれる子供にも幸せな未来はないし、その子供を持つ親も憂いを払拭できない。私はアンベルに不幸を強いるつもりはなかった。

……ごめん

いえ、私こそ、怒鳴ってしまって

Lyca-onのテストパイロットを命じられる前までは、子供を作ることにも前向きだった。だがアンベルの一応の気遣いである言葉さえ、今の私には重いのだ。こうなる前ならば、喜んでアンベルに遺伝子を提供していたと思う。今は、Lyca-onへ遺伝子を差し出しているようなものだった。

パイロットの件は、光栄に思います。オロキンの真実に近づく機会を得ることと、それに、テンノに天罰を下すこと、どちらも、我々の悲願です。そのために、私は

アンベルとの未来を諦めた。

私が何を言いたいのか知ってか知らずか、アンベルは沈黙で空気を塗りつぶしてから改めて口を開いた。

私達はさ、もう、戦争のことなんて知らないわ。旧大戦を実体験を以て知っている人間なんてもうほとんどこの世にいない。戦争を忘れちゃいけないなんて、言うけれど、ほんとにそうかな。関係のない私達の方が戦争を引きずって、テンノを〝背教者〟と恨み続けている。オロキンを神格化してまで。戦争が残した負の資産は、こういう精神構造なんじゃないのかしら。いつまでも贖罪強迫に駆られて前進できない、愚かな人間。私達はただ商人だったはずなのに、何故これほどオロキンへの信奉を持つようになったのか、その経緯を知る人もほとんどいない。コーパスの実体に、何の意義があるのか、誰も知らない。本当に、この信仰に意味はあるのかしら?

アンベルは、テーブルに展開した光学感知インターフェイスを操作してコーパスの〝公式な〟歴史を表示しながら、言う。彼女はいつもそうだ。研究職であることを差し引いてもなお彼女は、いつでも客観的に事物を見渡して思考する。コーパスは宗教団体であり、構成員である私達にはオロキンへの信仰が浸透している。アンベルはその中でも考え方がリベラルなせいで信心が浅く、自身の若さも手伝って、折々で出世の道を邪魔されることさえあった。彼女自身はそれを気にしてはいないようであったが、時には背信的な考えに至ることだってある。そのたびに私は、アンベルが〝教化〟に処されるのではないかと冷や冷やして見ていたが、彼女はいつもそれを飄々と回避していた。

私自身、コーパスの構成員であり信心を持っている身ではあるのだが、彼女の理性的な物言いには尊敬と憧れを感じる。でも、今ばかりは、そんな彼女の聡明さが恨めしい。だって、私は苦悩の末に彼女との未来を閉ざしたというのに、彼女自身は、そんなことをする必要はなかったと言いたげなのだ。

勿論、グリニアの所行は目に余る。帝国の支配は信仰の面でも通商の面でも不都合だし、彼等のシスターズ崇拝はコーパスから見れば相容れない異教でもある。テンノという存在も同様に教義的に不都合だわ。でも、それはキャロ……キャロに限らない、誰かが身を擲ってまでやること?これじゃ志願兵というより徴兵、徴兵というよりただの実験台だわ。オロキン亡き後、コントローラを失いながらもその意志に目覚め独自に実行し続ける殺戮機械がテンノ?仮にテンノがオロキンなりそれ以前の旧存在なりの遺産であったとしても、それは時代錯誤の思想だわ、それに囚われるのは合理的じゃない。私達コーパスは企業人よ。商売人は、合理主義でなければならない。イデオロギーやドグマによって利益が損なわれることは避けなければならないし、それらが非合理的であれば排除されるべきだわ。オロキンの崇拝はともかく、テンノへの敵視は歴史的経緯が判然としていなくて明らかに非合理的だもの。VOIDへの突入が、オロキン遺産の調査、グリニアへの牽制と言うよりもテンノへの敵視によって行われているのは自明だわ。調査機と称したLyca-onが、同時に兵器でもあることを見ればそれは

そんなこと、わかってます!

私は、またつい声を荒げてしまう。感情のコントロールが、やはり下手になっていた。でも。それでも。だったら、私は何のためにテストパイロットの指名を受諾したのか。小さい頃からテンノは、世界に混乱をもたらす存在と教わってきた。オロキンを滅ぼし、戦争の火種を残したのだとも教わった。テンノの扱うWarframeは、本来神の戦車であり背教者が強奪して使い続けているのだとも。私の様々の価値観に対してテンノへの憎悪が強く根ざしており、Lyca-onがVOID突入調査艇である以外に、グリニアを駆逐しテンノとの決戦兵器である側面を持つと知ってからそれはより強く私を駆り立てた。

ただLyca-onが、主任の研究成果が、コーパスの未来を拓くと、信じているだけです

アンベルは私に言葉を遮られて口を閉じ、私を見てから小さく溜息をついた。

Zanukaプロジェクトのスピンアウト計画は幾つか存在する。AladVが指揮する研究には非人道的なものも存在するらしいがLyca-onにかかる研究もまた、お世辞にも健全とは言い難かった。でも、そんなことは百も承知だ。

アンベルの役に、私はただ、立ちたかったのだから。

キャロが、そんなこともわかってないわけ、ないよね

わかっていないかも知れない。私は信者だ、それなりに敬虔だと思う。オロキンを崇めテンノを憎む信心は、深く私というシステムに食い込んでいる。アンベルの言うことを素直に捉えられていないかも知れない。歪めて聞いているかも知れない。

私のことなんて、いいんです。テンノを抹殺することが出来るなら、オロキンへの信仰の証にもなりましょう。

そうすることが、アンベルの研究成果の評価を引き出す最良の方法だ。

VOIDは太陽系のあらゆる星と異なり、現在グリニアの支配下でもなければコーパスの支配下でもない。報告によればテンノの支配があるわけでもない。強いて言えばコーパスが一旦侵入しつつも、入植した人員と艦船が全て感染体に食い尽くされてしまった準惑星エリスの様な状態で、どちらの勢力もおいそれと勢力を拡大できない中立地帯になっている。正体不明とは言うものの、その外見は明らかにコーパスの構成員やロボティクス、グリニアのクローン兵と、既知存在の変容にしか見えないの群生が犇めいており、奥深くへの侵入を許してくれないのだ。それどころか、信心を持たずに神域を犯す墓荒し共が跋扈し、背信者共まで現れる始末。

現在、VOIDに大規模な軍勢を送ることは技術的に不可能となっている。SolarRailによる定位ジャンプの対象に取ることも出来ないため、コーパス、グリニア、双方とも小規模の兵を送り込むに留まっており、Lycaーonはその打開策として提唱されたものだった。グリニアが人工VOIDキーを作成し定位ジャンプを強行したらしいが、それもテンノに妨害され頓挫したと聞く。ならば、Lyca-onが、それをなすのだ。

VOIDには数多くの神器(アーティファクト)が安置されており、その探索は現在コーパスの国家威信をかけた活動になりつつある。オロキン技術を掘り収集することは、グリニアを掃滅するだけでなく、テンノとWarframeの謎を解き明かして屈服させるのに需要なファクターだ。VOIDの実効支配は、その過程においてパワーの比較結果を表する場であり、同時にそれを確定させる鍵となるのである。

その第一歩が、Lycaーonだ。VOID突入機能を持ち単騎で強力な戦力を持つ兵器であると同時に、自律兵器ではなく人が操作するマニピュレータを備えVOID内での作業機械も兼ねる。Jackalには機能自体はあるもののほとんど運用されていなかった人による操縦機能を、遠隔にて行うためのOSがM.S.C.S(MindShiftControlSystem)である。アンベルは主にM.S.C.Sの開発側面でLyca-onに携わっていた。

M.S.C.Sにアクセスし遠隔操作を可能にさせるために、パイロットには人為的な弱毒化したテクノサイトウィルスへの感染を必要とする。生まれもっての適性もあるが、遺伝子操作の結果テクノサイトウィルスのはたらきを意識配下に置くことでM.S.C.Sとの通信を可能とする。M.S.C.Sとの通信はテクノサイトウィルスによる変成を来した身体とニューロードを用いた神経対マシーナリの高速データ伝達によって実現するもの(ニューロードはグリニアが開発したもので、コーパスがグリニアより技術的な理由で購入している数少ない部材で、自社製の類似品と比べて性能が圧倒的である)だが、テクノサイトウィルスに適応させるための遺伝子操作は技術が不完全で、まだ副作用が制御し切れていないのが現状だった。

主任は、VOIDに何を、望むんですか

未来、かな

私の質問も答えづらいと言う意味でよいものではなかったが、そう答えるアンベルの表情はどことなく晴れない。

……なんて、模範解答すぎるね。うーん、何だろう、よくわかんないや

わかんない、って、そんなんでよく予算を取り付けますね

私有能だからねー。でも、やっぱオロキン信仰には疑問がある。VOIDに入ってやることって、アーティファクト発掘、つまり墓荒らしなわけじゃない。その向こうに何かがあるとしたら、きっとオロキンとか歴史とかとは関係のないものであってほしいと思う

アンベルは悪戯っぽく笑う。でも、すぐに真顔に戻って、私を見た。見つめてきた。そんな真っ直ぐな目、久し振りすぎて、合わせられなかった。

だからね、VOIDへの扉がさ。二度とこんな兵器作らなくていいとか、キャロと私がもっとちゃんと愛し合えるとか、そんな世界の扉と同じだったらいいなって、そう思ってる、ほんとよ

歯が浮くような台詞、でも。

しゅに

アンベルは私の口を、人差し指で押さえる。

やりなおし

まるで子供を見るような優しさだけで出来た眼差しで、私を見る。

あんべる

なあに?

アンベルの指先は、私の唇を少しだけなぞってから、離れる。その指先に糸がついていて、私の口の奥からするすると言葉が引き出されるみたい。

すき、です

私もよ

そっと触れてくるアンベル。そんな風に大切に扱われるべきは、あなたなのに。そんなに細くて綺麗な指、私のは太くって節が目立つ、ほら、あなたの方がよっぽど宝石だもの。

私は、私に触れようとするその白くほっそりとした指を優しく掴んで握った。彼女もそれを握り返してくる。アンベルの指先は、見た目通りひんやり冷たい。

Lyca-onは将来性を見込まれている。期待されたプロジェクトよ。もう、Lyca-onをベースにした後継機Lynxも想定されているわ。そしてこの一連のマシーナリは、一度は離反したスーダ新教徒やペリン・シークエンスを再び取り込む契機になる。VOIDの探索が進み、その内々が我々のものとなれば、アービターズ・オブ・ヘクシスも黙るでしょう。それくらい、重要なの。そしてキャロ、あなたはその先頭に立っているわ。あなたの背中に、何百何千のコーパス精鋭が続く。あなたの背中に、永劫のコーパスの歴史が続く。

そんなこと

そんなこと、望んでいない。私はただ、テンノを殺すことが出来れば。栄光も名誉も地位も名声もいらない。ただ、〝アンベル〟だけは、欲張ってもいいのなら。

キャロ、女神よ、あなたは

女神

コーパスの。それに、私の、女神様。……ずっと昔からよ?

きすしていい?

耳元で、囁いてくる。そんなこと、いちいち聞かないで欲しい。

私が黙ってると、彼女の唇が被い被さってきたので、私は進んで口を舌を差し出した。まるで待ち焦がれたはらぺこ狼みたいに、後出しなのにいっぱい浅ましい。腕を伸ばして、首に巻き付けて抱き寄せる。アンベルもそうしてくる。体全部がくっついて、服も皮膚も邪魔くさい。

口って粘膜。舌もほっぺたも歯茎も全部敏感で、キスってやっぱり、セックスだなあって思う。性器はすっかり衰退しているけれど、口はそんなことはなくって。私はアンベルとするキスが大好きだった。

ね。覚えてる?M.S.C.Sのバージョンアップ試験、成功したら

覚えている、忘れるわけがない。だって、直近の目標として、それを目当てに生きてきたようなものだもの。

一緒に住むって、言ってましたね。あれ、お酒の場での冗談だと思ってたんですけど

冗談なんかじゃないよ、本気。キャロがいいですよぉ、っていうから、私頑張って仕事してきたんだから

そういって、大袈裟なくらいに腕を開いて、わざわざいったん離れて、抱き付き直してくる。

あ、あの、当面は、ウチでいいですか?

アンベルは自分の家なんかなくてもいいと言わんばかりに狭い自宅、しかもほとんど帰らずに研究室にいるクチ。私はそうではなく自宅にそれなりの品質を求めていて、正直、自宅は一人ではもてあますような広さになっている。同棲するなら、私の家にアンベルが来る方が、都合がよい。それに、アンベルに対しては、なんだか私が甲斐性を見せるのが正解なような気がしていた。

うんうん、キャロの匂いのする家に住めるなんて、歓迎すぎるよ!

……やっぱ、別のとこに引っ越しますか

やだー!

ほんとはすごく楽しみにしていて、アンベルがいつ来てもいいように、一部屋は使わずにとってある。

住民基礎データどうしようかなあ。税率、キャロのところの方がいいんだよね、移したほうが良いかな。あと会社の交通費の請求もどうしよ

いいんじゃないですか、移しちゃって。あそこはもともとシェアハウスだったのを私が勝手に一人で使ってるんですから。実際に調査にでも来ない限り別の家ですし

まだ二人はべたべたくっついている。お互いの腕をからめて体をくっつけながら携帯端末に自治体情報や賃貸相場、交通費の価格などを表示してはwebスクラップに放り込んでいく。

なんかこうしてるとさ、新婚みたいね

何言ってるんですか

まさしく私もそう思っていて、私はアンベルから視線を逸らす。ほっぺたが熱くて、きっとバレてるに違いなかった。

§

それはあまりにも、とつぜんのことで

§

コーパスの本店はエウロパにあるが、こんにち、エウロパにおけるコーパスの規模は本店機能があると言うだけに縮小されている。その理由は二つ。一つは、エウロパの感染体群がCCSAの制御下を離れ始めており、そもそも人が住める環境が失われつつあるため。CCSAがエウロパLarzacセクターへの感染体封じ込めに失敗したことで、南半球は感染体が無秩序に跋扈する状態となっており、本店機能の移転が喫緊の課題となっている。またこれは二つ目の理由に直結する。本店機能を移転するに足る候補として挙がっているのが海王星のLaomedeiaセクターだが、同星は本店機能以外の実質的なCorpusを有した星であり、既にほとんどの機能を移行済となっている。エウロパに本店機能だけが未だに残留している理由の二つ目は、本店の基幹業務を稼働させているシステムのフレームワークが、海王星のLaomedeia支店で稼働しているそれと異なっており、複雑な基幹業務周りの移植作業が難航しているためだ。

この件について、移転予定期日を大幅に超過し兵力をグリニアとの戦線へ送れないCCSAと、CCSAが感染体の封じ込め作戦に失敗したため無理な期日で移転を急かされるCIT(CorpusInformationTechnology)は相当に険悪な関係となっており、持株会社であるCorpus本体内での権力闘争と結びついてコーパスグループ全体の円滑な経営に支障を来している。特に本店経営陣であるAladVとCCSAの有力者であるFrohdBekの対立を代理する形になり、コーパスの将来に影を落としかねない深いものとなっていた。

政治的な動きはともかくとして、研究職員は定期ポータル施設が整った星への移住が指示される。海王星に秘匿された研究施設へでの勤務が大半であった。水星には幸いポータルが存在する。私もアンベルも、出勤の必要がある日はそれを用いていた。

主任、起きてください。主任。

アンベルは、まるで彫刻みたいに静かだ。枕に囓り付くみたいに抱きついて、俯せのまま、寝息も聞こえない。静かすぎる。アンベルの寝姿は、いつもこうだった。

主任んー

昨日は二人で随分呑んだ。Lyca-onモックのVOID突入成功関係者での打ち上げで祝った後、二人だけで抜け出して二次会、もう浴びるように呑んだ。ここまで随分長い道のりだったからその慰労、それにこの先もきっと長いだろうから英気を養う、それに、何より。

これが成功したら、同棲しようって決めてたからそのお祝い。

起きてください

声をかけてもアンベルは起きない。私は体を揺すってみるが、目を覚ましてくれる様子はない。疲れてる、といえば無理もなかった。だって散々お酒を飲み干して、でろんでろんに酔っぱらってから酔いに一段落が付くまで、酔いの免罪符をちらつかせて二人でべたべたして。死ぬほど恥ずかしい科白も大笑いしながら言ったような気がするし、同じように言われた気もする。それから酔いが少し抜けたところから、ああ、こっから先は恥ずかしくて思い出したくない。二人で折り重なったまま意識を失ったのか寝たのか区別が付かないような状態でベッドに沈み、目覚ましの音に私だけが目を覚ましたと、こういうわけだ。

ちょっと、主任、遅刻しますよ?朝ご飯作っときますから、シャワー先に浴びててください。聞いてるんですか、主任?

まだ、互いに割と乱暴に触りあった場所がジンジンする。乾いた粘液がぱりぱりと肌の上で割れる感触もあった。

私はもう何度かアンベルを呼ぶが返事はない。ぴくりとも動かない。寝ているのなら、呼吸で体が上下するはずだが、それもない。

主任

ねえ、主任

起きてください?

……しゅにん?

不自然じゃないか、この静けさは。

私は不安になって、ベッドに乗り上げアンベルの側による。わざとベッドを揺らすようにして寄ってみるが、やはり反応はない。体には、あんまりにも力が入っていない。揺すると、まるでただの蛋白質の塊みたいに、重いばかりで意思がない。まるで、そう、これって、まるで。

まさか、ちょっと、やめて、よ。

ヘンなまね、やめてくださいよ

起き抜けの喉が、ばりばり乾いて貼り付いた。Lyca-onに搭載されるM.S.C.Sのテストで、何人かが廃人になっている。遺伝子操作を受けたうえ、M.S.C.S元来の高い精神負荷に、私の前に何人ものテストパイロットが死んでいった。その光景を目の当たりにしたことも、何度もある。グリニアとの戦線に出た時も、たくさん死んでいた。

ねえ、いい加減に……

目の前で横たわるアンベルから、その時の人間から感じたのと同じ匂い、その時の〝元〟人間が持っていた、いや失った、重さ。背中をいやなものが遡ってきた。冷たいのに生温い、生温いのにじりじりと焼け付く。そんなの、どうして?ありえない、そんなこと……。

ねえ

肩を掴んで、大きく揺らす。冷たい。いや、体温が低いのは、アンベルはいつものことだ。いつもの、ことだ!寝息が聞こえないのも、寝起きが悪くてなかなか起きないのも、いつものことだ!

ねえ!ねえ、アンベルってば!

いよいよ悲鳴じみた声を上げて、私は俯せているアンベルの体をひっくり返した。

ぐらり

視界が反転、体が転げて、私はベッドに倒れ込む。

瞬きが終わったときには、アンベルの顔が、目の前で笑っていた。唇が、アンベルの潤いと体温を残している。

~~~~~っ!!悪ふざけもいい加減に……!

名前で呼んでって、言ったでしょー?シュニン?誰それ?私家にまで仕事持ち込まない主義なん

ガスッ!

§

わかった、謝るから。私が悪かったから、私のご飯にわさびを山盛るのやめて頂戴、ね、ね?それ残したら一週間ご飯抜きとか、私死んじゃう

しるか

黙って食え、そう言い捨てて大概緑色に染まった食器を叩きつけるように出す。アンベルはそれを見て得も言われぬ顔になっていた。いい気味。

初のいっしょのあさごはんがこんなんじゃ、先が思いやられますね?

勿論私の分は普通。ごはん、たまごやき、みそしるときんぴら、それと今日はさわら。ああ、おいしそうね、私のだけ。

いただきます

ぅぅ……い、いただきます

箸にとったご飯、一箸目は殆どわさびだ。白い救いはほんの少し引っかかっているだけ。渋い顔をしてから一口ぱくり。数秒してから、アンベルは鼻を押さえて目をつむり、上半身だけを捻って悶絶し始める。息が通るのが辛いので、声のひとつも出せない。とうがらしとは違う辛さ。とうがらしの辛さを〝痛い〟と表現するなら、わさびの辛さは最初から〝沁みる〟。アンベルはこれが、大の苦手だった。

それにしても、そんなに辛いですか?生じゃないからそうでもないと思いますが

苦手なのを承知の上で、聞いてやる。ばか。人がどんな気分だったか知りもしないで。ざまあない。

すっかり涙で目がひたひたになっているアンベルは、ようやく引いてきた辛みを何とか抜こうとみそしるを口にする。たまごやきの方がいいんじゃないかなあ。そしてそれから、やっと。

ナマとかチューブ入りとかゴムありとかゴムなしとか、そんなのわかんないからッ!それに、誰かさんがグーで顔を殴るから、ほっぺたの内側に沁みるん

誰のせいでしょうねえ

……わたしデス

よろしい。でもそれは食べて下さい、もったいないので

もったいないことしてるのは、きゃろじゃないぃぃ

何か仰いました?

イイエナンニモ!

それからしばらくアンベルは、一口食っては悶絶し、悶絶してからおかずを三角食いするのを繰り返す。私はとうに食べ終わって、当然のように食の進まないアンベルの食べる様子を眺めていた。

この人の口は、どうしてこんなに可愛いのだろう。この人の目は、どうしてこんなに綺麗なのだろう。この人の声は、どうしてこんなにも柔らかいのだろう。この人は、どうしてこんなにも。

わさびの部分が減ってアンベルはようやく〝少々辛いだけの〟普通のごはんにありつけるところまで来ていた。ご飯を食べる彼女の、なんて可愛らしいことだろうか。ほおばるのも、かむのも、のみこむのも、可愛いくせに酷く色っぽくて。だのに私は。

……痛む?

ぅん?

ぐーぱん。私が付け足すと、苦笑いで、まあ愛の重さかな、なんて。頬をさすっている。鼻が折れてなくてよかった。

はー、アンベルは綺麗だなあ。何やっても様になるし。わさびで悶絶してるだけでも綺麗ってチート。それに比べて私は?すぐに手が出ちゃって?グーで殴っちゃうような、メスゴリラっていうの?

めすごりらって……

XY種の女性質な私なんかより、よっぽど女性としての完成度が高いXX種。一方の私の方は、周囲のXX種なんかよりよっぽど男性質が強い。なんか、ずるいなあ。

キャロはさ

はい

さっき、私が死んじゃったかと思った?

勿論冷静に考えれば突然死などそうそうあったことではない。あそこで急に不安思考に駆られたのは、遺伝子操作による心身影響のせいに違いなかった。それでも、原因がどうであれ、その時は本当に不安が頭の中を埋め尽くしていた。アンベルがいきなり、あんな風に死んじゃったら。せっかく、いろいろあったけどやっと、一緒に暮らすことになって、これからだっていうところなのに急に目の前の橋が落されちゃったみたいな。真っ暗。真っ白。胸の中も頭の中も、一色なのに混濁で滅茶苦茶に暴れる無言で埋め尽くされて、どうしようもなかったのだ。

私は、頷くしかなかった。

ごめんね。でも、大丈夫よ。私は、キャロを置いてったりしない。一緒に行こうって、決めたものね。

また、頷くしかできない。

言ったでしょう。キャロは、私の女神様なんだから。メスゴリラなんてゆっちゃダメー。キャロは可愛いから。私が言うんだから、絶対。ね?

もう、馬鹿みたいに頷いてた。そこで頷いたら〝私は可愛い〟って自分で言うことになるのに、そこまで気が回らなかった。目から汗を溢しそうになるのを堪えてる私の下の方から潜り込むように近付いて来て、アンベルは私に口付けた。そのまんま、頭を抱いて私の短い髪をくしゃくしゃと掻き混ぜる。ごめんね、悪ふざけがすぎた、そういって。私の方が背が大きいんだから、抱かれているというよりもぶら下がられているような状態なのに、なんだかとっても、包まれているような感覚になって、すごく、安心した。やっぱり、器が違うんだろうなあ。私は、しみじみと感じて、私の首にぶら下がっているアンベルを、ぎゅうと抱き締めた。そして、ふわりと力を抜いて。

主任、そろそろ、時間が。遅刻確率、60%の時刻です

彼女の体を、押し放した。

んもう、いい雰囲気なんだから、そういうのナシー。今日は休んで一日中キャロとべたべたしたいよぉ

だめです。一山終わったとはいえ、半ばには変わらないんですから。今日からもう、オペレーションケースの作成ですよね?

ああああ、キャロは私の仕事ぜんっぶ把握してるのよねええ……

まあ?私は今日はオフですけど?

ますますヒドイ!

アンベルは自分の長い髪の毛を後ろに引っ張って何かを主張しながら、玄関に向かう。振り返って、正対。

じゃ、いってきます

い、いってらしゃい

な、なにこれ、すっごく照れくさい。振り返らないでささっと行けばいいものを、パンプスに足を通してから、いったんこちらに向き直すものだからこんなところでまた、真正面同士。さしものアンベルも、少しぎくしゃくしている。が、それを弾き返すようにもっと恥ずかしいことをして打ち消すようなのが、この人だ。

い……、いってきますの、ちゅー!

ああ、言うと思いました!しませんよ、そんな恥ずかしいこと!!

えー、新妻の務めでしょー?

知りませんっ

ぷい、と顔をそむけるが、自分でも顔が真っ赤になっているのがわかる。頬から首の側面にかけて、あっつい。むずむずくすぐったくて、口はいくら真一文字に結ぼうとしてもへにょへにょ勝手に踊る。

ざぁんねん……

鞄と一緒に昨日洗濯し終わった一週間分の白衣を詰めた袋を持ち上げる。そうして上がった顔に、私は絞り出すみたいに声をかける。

しゅに……アンベル

ぴくん、彼女は跳ねるように、背を伸ばして私を見た。

ちゃんと、帰ってきてね?

や、やだなあ、他に帰るところなんて。前の家はもう引き払っちゃったし

晩御飯は、ちゃんと辛くない、おいしいの、作っとくから

いってきますの局面で、恥ずかしさにもぞもぞとしながらも、一方で私は急に不安になっていた。さっき、アンベルが死んだフリをしたときに襲われたのと、すごく似ている。

自信がなかった。信じられなかった。アンベルと、一緒に暮らすことになるなんて。幸せすぎて、嘘みたいな、夢みたいな感じがして。いつか覚めちゃうんじゃないかって、終わっちゃうんじゃないかって、不安。これはやっぱり遺伝子操作の心身障害がもたらす不安強迫かもしれない、でも、今の私には本当で、あんまりにもこんなの、薄硝子の脆弱が襲ってくるみたいにひりひりして、怖い。

……キャロ。やっぱ、しよ、いってきますの、ちゅー

今度は、拒まなかった。アンベルがするのにただ任せて、やさしく触れるだけの、ぷるんとしたキス。少し、触れるだけなのに、それがすごく温かくて、同時に寂しい。離れていく彼女の顔が、切ない。

んじゃ、行ってきます

アンベルの背を押し出すみたいに、がしゃん、と、扉が閉まった。私はキスをした時の姿のまま固まって、それを見ていた。

飼い主がお仕事に行っちゃうときの飼い猫の気分って、こんななのかなあ。

ここは元から私の家なのに、閉じられたままの扉にぼうっと視線を投げながら、脳裏でアンベルの姿を描いていた。

§

オフだからと言って、これと言ってすることがあるわけでもない。

テストパイロットに選抜されてから、前の研究職の頃程忙しくはなくなった、むしろ暇だ。仕事の半分は体調管理と言った感じで、T-ポジティブ値の維持が前提になっている。操縦や戦闘訓練はペースを管理されており無理は厳禁。徹底した管理スケジュールでメニューがくまれているが、全て勤務時間内に収まっている。

水星の1日は旧時換算で約1400時間と長いので、日単位の勤務時間管理はされていない。1単位8時間というのは大昔から変わっていなかった。サーカディアンリズムには個人差もあったが、寿命の延長と一日の概念の消滅を経てなお30時間~50時間程度に収まっていた。

1日を日の出と日の入り、また日の出で考えるとするなら、昼くらいには一度アンベルが帰ってくる。その時には、ちゃんとしたご飯を作ってあげよう。いや、今朝のだってちゃんとしていたはずなんだけど……。

男女の垣根が薄れてから、家事と仕事の分業は太古フェミニズムが台頭して失敗したころから逆にくっきりと分かれるようになっていた。男女とかの垣根がない以上誰がやっても同じなのだから、上手い人か時間のある方がやる。必然的に片方に寄るのだ。それがどちらであるかの規定的なパラメータが存在しないというだけ。だって、アンベルって、致命的に料理が下手だし、あんな几帳面な研究とか部下の扱いしてるのに片付けもできないし、仕事に没頭してたら着るものに何にも頓着しないし(そのくせ美人だからずるい)、家事ができる人間じゃない。一方の私はアンベルに比べれば仕事もできない(そんじょそこらの奴らに比べれば本社プロパーの立場維持してるんだからできるんだけど!)し、こうして一緒に暮らしてしまえば稼ぎの差も大きなファクターだ。私の稼ぎは今はほとんどが、パイロットを維持するための危険手当と補助金で成っている。労働の対価としての稼ぎではない。だったら、私が家事をやるのは当然のことだった。昔はXY種が家を守っていたのだと聞く。途中それは平等に負担する時代を経て、今はまた分担になっていた。

これから先、どうなるのかなあ

掃除でもしちゃおうと、清掃ロボットにアルゴリズム入力してから、自分はロボットでは掃除できない細かい部分に手を付ける。私の仕事に余裕ができたせいで、アンベルの家ほどじゃないけど散らかり気味だった家はこまめに掃除するようになって随分と清潔になった。今更アンベルに掃除出来るようになれと言うつもりもなかった。

不純物除去という点では、今日のコーパスの技術は、要不要とごみと家具を蓄積された家族の判断から割り出して自動的に行うことができる。それは今私とは部屋の対角線上を自動で掃除している清掃ロボットにしてもそうであるし、私が手に持っているハタキという光学分解型の手動清掃器具においてもそうだ。センサーがそれがごみであるかそうではないかを自動的に判断して、ごみと判断されたものを吸い込んだり分解してしまったりする。塵一つのレベルでそれは可能だが、必ずしも技術的に可能な最上位レベル、潔癖なほどの清掃はされないように調整されていた。徹底的な滅菌や完全な無塵は、人が300~500年を生きるようになった今では長い目で見て人間には逆に有害だというのが今の考え方だった。

ごみを完全に掃滅するのも悪影響、か

コーパスは人間で、グリニアも人間だけど敵。その二極構造は基本的には変わっていない。その間に存在する、テンノや、反政府体制の結社達。テンノは、ごみ……?テンノを根絶してしまいたいと考えているのは、グリニアも同じだ。それでもしぶとく存在し続けて、我々やグリニアどちらにも介在して厄介ごとの根を深くしている。結社も然り。だが、それを根絶しない方がいいという考え方もありうるだろうか。

テンノはWarframeをまとって戦場に武力介入し世界のパワーバランスを保っているのだと自称しているらしい。グリニアが銀河を掌握しないよう、我々コーパスが全ての資本を牛耳らないよう、終わりのない闘争状態を引っ張ることで、何かが保たれているというのだろうか。テンノや結社といった予測不能の摩擦が生じない状態でグリニアとコーパスが全力でぶつかり合ったとき、勝つのはどちらだろうか。

勝つのは、どちらか、だろうか。

いや、コーパスだ。我々は勝利する。あの野蛮で粗暴、前時代的な政治体制と無計画な拡大を続けるグリニアに未来を渡すわけにはいかない。そうなる道理も、ありはしない。

テンノは殺す。テンノの与しないテロリスト共も、取るに足らない……

そのために、私はテストパイロットになったのだ。いや、試験を経て正式なパイロットとしてテンノと戦い、そして、斃す。Lyca-onには、その力がある。そのために、生きてきたのだ。私も、そしてきっと、アンベルも。VOIDへの扉が、新しい平和な世界への扉であると願っていると、アンベルは言っていた。そうであればいい。本当に、私もそう願う。

でも、その前に、あの背教者どもを、葬らなければ。

かつてオロキンのファンファーレとたなびく旗が血塗れ悲鳴に変わったように、新しい世界の到来の前に、鮮血の銃剣が撃ち鳴らされなければならないのだ。

ふと、つけっぱなしにしていたテレビに目が行った。普段見ないような番組が放送されている。特番らしい。政教番組はそんなに珍しいものではないが、何やら今日のはいつものだらだらしたものとは違っているようだった。

FrohdBekが、正教徒達を前に演説をしている。テンノという敵を掲げることで、スーダ教徒やペリンの商人達を含めてフル・コミュニオンとし、強い連帯をもとうとしている。これらコーパスから離反した一部結社に強く肩入れするテンノもあるようだが、明らかにコーパス本体に対する代理戦争の体をなしており、その対立へ深入りすることは望ましくないと誰もがわかっていることだった。だが、テンノの持つ戦略的な意味は大きく、名の知れたテンノと友好関係にあるという結社はそれだけで大きな発言力を持とうとしていた。FrohdBekはその状態を危惧している。腐っても、委員、つまり商人というよりは、政治家なのだ。

一方でFrohdBekの外交はグリニアにも向いていた。テンノと結んだレジスタンスによるテロ活動は、二極化することである意味安定していたコーパスとグリニアの力関係において力点の分散をもたらし状況の混乱を招くことで双方にマイナスになりかねないと警鐘を鳴らしている。有力な反勢力結社について、コーパスはグリニアと共同戦線を張りこれを裁くため臨時ではない共同の部隊を編成する準備がある、と伝えていた。宿敵とも言えるVeyHekとさえ、対話を望んでいるらしい。

グリニアと結んででもまずはテンノを、か……一理あるなあ

テンノの数は最近増加傾向にある。増加、と言っても観測されているもの全てを合計してもものの数には及ばないが、テンノは戦地へ武力介入を行うのと同じくらい、同胞の解放にも力を入れているようだった。テンノはフリーズスリープ状態で銀河系のあちこちに眠っている。先に目覚めたテンノは、次々に眠ったままのテンノを目覚めさせていた。奴らは国土を持たず何らかのネットワークで繋がった集団らしい。動きは明確に一つの意思ではない。一つの戦線でグリニアとコーパス両方に別々のテンノがいたりする。奴らは決してテンノ同士で交戦はしないが、それゆえに戦況は奴らの働きの大小によって決していた。奴ら同士に争う意思はないのに、勝手に戦に油を注いでは、自身は一滴の同胞の血も流さずに去っていく。戦の傷口ばかりを大きくして。最低の、最悪の、災厄だ。意思のある天災、我々コーパスも一側面として、敵であるグリニアに商品を売っている矛盾をはらんでいるが、奴らは死の商人どころの話ではない。

自然と、ハタキを持つ手に力がこもってしまう。テンノをこの手で、殺す。我々コーパスの技術は、Warframeを超えた兵器を作り出す。オロキンの再来は、宇宙の平和の始まりであり、それは我々コーパスの手によってなされるのだ。

突然、テレビの映像が切り替わった。緊急ニュース、この入りは、紛争発生の報せに違いない。

テンノの武力介入があるようになってから、我々は逆説的にオロキンの遺産を見つけやすくなった。グリニアも同じだろう。そうして発掘した神器(アーティファクト)を軍事転用した新兵器を用いて、双方共に侵略行動を起こすことが急増していた。特にSolarRailの解析によって得た技術と発掘アーティファクトの乱暴な連携によって実現したワームホールの実現は、侵略戦争に新しい姿をもたらした。前触れもない深部への突撃が可能となったため国境警備や前哨拠点がさほどの意味を持たなくなり、とかく重要な施設は前線からの距離にかかわらず兵力を増さなければならなくなった。結果として軍事費はコーパスグリニアともに膨れ上がり、戦争状態に拍車がかかった上、双方とも軍需産業に依存する経済性を膨らませている。テンノの武力介入が、宇宙全体を戦争体質に仕立て上げていた。

昔からSolarRailを用いていたのは我々コーパスだったが、軍事転用しなかったのは、それが奪取されたときに逆に痛手をこうむるという本社の意向によってであった。だが密かにその技術を手にしたグリニアには躊躇がなかった。グリニアは強襲用魚雷にワームホール技術を適用し、早々に遠隔地に兵を送り込めるようになったのだ。そうされた我々コーパスは対抗せざるを得なく、片道用の軍用ワームホール(ワープポータル)を開発して同様の戦略効果を創造した。グリニアへ技術を漏洩したのはテンノだとみられているが、正確にはテンノをネットワークで結び付け指示を出す〝ロータス〟と呼ばれる正体のわからない存在とされていた。一人なのか複数人なのか、人間なのか演知体(エンティティ、=ビヘイビアを人間に近似するストロングA.I)なのかも判然としていない。テンノの陣営は、とかく目的が不明瞭であるし、奴らの行為によって戦況はただ意味もなく複雑になっている。ただ、このロータスという存在が、大物見として君臨して状況を操作しているらしかった。

戦争はこうして留まることを知らずに拡大し、アンベルの言葉を借りるのなら、テンノの暗躍によって銀河の未来が閉ざされようとしている。ただでさえ感染の脅威が拡大しつつある中で、人間同士でいがみ合ってる場合では、本当はないのかもしれないのに。テンノは、宇宙の害悪だ。Warframeという兵器は、排除されるべきものだ。それが兵器であるのなら、破壊できる兵器が必要だ。だからこそ、私は、Lyca-onに乗っているのだ。

告げられた紛争発生ニュースは、私の想像を裏切ってコーパスの侵略開始のものではなかった。グリニアが、どこかのセクタに侵略を仕掛けてきたらしい。確かにグリニアの強襲用有人魚雷は相当の距離を一瞬で詰めて入り込む脅威の兵器ではあるが、運用に膨大な資源を要することはコーパスのものと由来技術が同じという時点で想像に難くない。まったく軍事的に価値のない場所には、魚雷特攻は仕掛けてこない。はずだった。

な、なんで

だがテレビで速報されていたのは、海王星の寺院区画Larissa。工廠もなければ政治中枢もない寺院があって僧侶が修行しているだけの戦略的な価値のない土地。グリニアの非戦闘民間人は観光にだってくる場所だ。その地下最奥に重要研究施設があることは、コーパス本社の幹部でも一部の者しか知らない筈だった。機密中の機密事項、私がそれを知っているのは、つまりそこで行われている研究の一つにLyca-onが含まれているからだ。

なんで、Larissaが……もしかして、研究施設の所在が、グリニアに漏れているの?

映像には、Larissaセクタの寺院に次々と突き刺さるグリニアの魚雷の映像。CCSAの兵がそれを迎撃していた。魚雷のハッチが開いて、まるで卵から大量に孵化する魚のように次々グリニアの兵士が現れる。初期突撃に耐えうる重装歩兵型ばかりだ。大きな爆発を伴うミサイルや、延焼を引き起こす焼夷弾を放ち、領地を刈り取っていく。爆発や持続する炎は、CCSAのシールドテクノロジーではうまく防ぎきれないのだ。有人魚雷での上陸という数に限りのある戦術では、さしものグリニアも数よりも質の精鋭を送り込んでくる、一人の重装グリニア兵を殺すのに、CCSAの軽装歩兵では3人も4人もの集中砲火を要するというデータを読んだことがある。そして、それが示す通りの結果となっていた。

そんな中、私は映像に見えるほんの小さな影に目を奪われた。それは他のグリニアの突撃兵とは違うスマートなフォルム。動きも機敏で、グリニアの統率からは外れた行動を見せている。

あれ、は……Warframe……?

一般の視聴者や、民間の放送会社の人間では気付かないかもしれないが、パイロットの訓練の中で敵の目視訓練も徹底的にさせられている私の脳髄は、その画質の悪いデジタル望遠拡大映像の奥でうごめくそれを、間違いなくテンノだという判断を下した。

戦略上さほど価値がないと思われているはずのLarissaへの侵攻、テンノの姿……また、またテンノが……?

テンノは折々にコーパス、グリニア双方の機密情報を盗み出していると聞く。何重もの情報防壁を数分で破って重要な情報を洗いざらい持っていくのは、テンノというよりもロータスと呼ばれる存在が大きいという。もしかして、テンノは海王星の研究施設のことを、Lyca-onのことを知っていて、グリニアをそこへけしかけたんじゃ……。

掃除なんかどうでもよくなった。私はテレビにかじりついてその光景を見ている。そばに携帯電話を置いて、映像を見ながらアンベルへ連絡する。

アンベル、無事、無事だよね

勿論アンベルはLyca-onのある場所、Larissaの地下研究棟にいるはずだ。きっと奥の方にいるはずだし、CCSAがそこまでのグリニアの侵入を許すはずがないのだが……テンノが紛れ込んでいるのではその限りではなかった。奴らは戦線の前後とは関わりなく一瞬でどんな施設へでも入り込んで首を掻き、盗み、破壊していく。まるで虫のようにわずかな隙間からでも入り込んでくる忌々しい奴ら。やめて、それは、それは絶対ダメ。

こんなことなら、本当に今日は休ませればよかった……!

携帯を鳴らすが、アンベルは出ない。電話に出ないことなど日常茶飯事ではあったが、今日このタイミングだけは、それがどうしようもなく焦れる。

出て、アンベル、電話に出て……

メールも送ってみるが、返事はない。

やめて、ダメ、ダメだよ、そんなの

今朝のくだらない茶番を思い出す。わざと返事しないで死んだふりだなんて、アンベルの悪戯には本当に困らされた。結局あたりまえだけど死んでなんかいなくって、キスをしてくれて。そう、だからこれだっておんなじだ、きっと私をまた指さして笑うための悪戯に違いない。

昼になったらひょいと帰って来て、何事もなかったかのように私を抱くの。そう、そうに決まってる。

テレビの映像はようやくVTRにテンノの姿があることを伝えていたが、もう遅いだろう。テンノはとうに目的を達成して自分達専用の脱出艇でいなくなっている頃合いだ。

目的。グリニアの侵攻を利用して、テンノはテンノで別の目的をもって侵入し、それを達成して帰って行ったのだ、なんだ、何が目的だ?やはり、Lyca-onか?

でも、今Larissaに置いてあるのは、テスト用無人機。本物は、Laomedeiaにあるはず。当然無人機の破壊は目的になりうるけれど……やはり研究内容の奪取が目的……?

もしそうであればテンノは確実に研究棟の最奥まで入り込むことだろう。そこには、CCSAの兵ではなく、研究員が、アンベルが、いて

ダメ!そんなの、ぜったいにだめ!!

携帯電話を鳴らす。出ない。また鳴らす。出ない。メール。帰ってこない。電話、出ない。電話。電話。電話。電話電話電話電話電話電話電話電話電話、出ない。

アンベル……!アンベル!!

私は家を飛び出す。定期ポータルに乗って、海王星へ行こうと。当然、侵略紛争へのポータルジャンプは停止している。行ったところで私に何ができるわけじゃない。それでも、体が黙っていることを拒否した。

定期ポータルのステーション。息が詰まって呼吸ができないのも足がちぎれそうになるのも気にせずに飛び込んで、目に入ってきた「現在運航を停止しています」の案内、返事のない携帯電話のモニタ、テレビの向こうで流れる惨憺たる光景、その場で崩れ落ちた。

冗談だって、また悪い冗談だって、言ってよ。ねえ、アンベル

まだ、まだわかりはしない。CCSAの兵がテンノを押し返したかもしれない。研究棟最下層にテンノが到達したとしても、テスト無人機(モック)だけを破壊して帰ったかもしれない。研究内容を掠取する中で、研究職員の殺生はないかもしれない。いや、きっとそうだ。そうでなければ、そうでなければ、ならない。だって、だってそこにはアンベルがいるんだから!

ここで待とう。同棲する前のアンベルの前の家も水星にあって、同じセクタに住んでいた。通勤にはこのポータルステーションを使っていたし、今の家からもここが一番近くて使い続けている。ここで待っていれば、昼過ぎにはアンベルがひょっこり帰ってくるに違いない。

私はポータル到着口の前で立ち尽くしたままだった。ここにいてもおそらく、アンベルは戻ってこない。でも、ここから立ち去るとそれを自分で受け入れることになる気がして、それも出来なかった。営業時間が終わっても、待ちぼうけを食らった片割れみたいな風にして、数日、ポータルステーションの前でうろうろとしていた。

家に帰ったのは、手持ちのお金がなくなりそこで待つことも叶わなくなったそれからで、家に付いた途端私は、玄関で立ったまま、アンベルの名前を呼んではわんわん泣き明かした。疲れたらしゃがみ込んで泣き、それも枯れたら、ゾンビみたいにベッドに沈んだ。

少しだけアンベルの匂いが残っていて、また泣いた。

彼女は、もう、帰ってこない。

§

人一人の命など、こんな簡単に終わるのだ。

戦時にあって、いちいち一般人の死などニュースにもならない。命の安っぽさは人間の寿命が長くなるにつれて増していたが、戦争に突入するともう無価値にも等しい。ただ、私達は自分を無価値だと思うほどの勇気がなくって、だから人間を無価値だなんて言うことはどうしてもはばかられる。宗教とはそれを救う、口実。でも、やっぱり、無価値なんだ。仮に価値があるとしたなら、それは命にではない。その命を使って何をしたか、何を残したか、それに尽きる。まして教義に疑問を持っていたアンベルにとって、教義など救いには鳴らないだろう。アンベルは、Lyca-onを残すはずだった。それを残すことで彼女の命は価値を持ったはずなのに。テンノによってそれは無価値に帰された。私もまた、そうなのだ。

テンノ、貴様等にいったい何の権利があって、私達を殺そうというのだ。何の権利があって、私達の価値を消し去ろうというのだ。グリニアに殺されるのならまだわかる。だが貴様等はなんのために私たちを殺すというのだ。神か何かのつもりか。許せない。テンノは、テンノは絶対に許せない。我々コーパスは金のために人を殺すこともある。だが金はこの銀河で等しく誰にとっても価値があるものじゃないか。それに対してテンノが振りかざす正義は、いったい誰のためのものだ。その正義は誰にとって価値があるのだ。貴様等のもたらそうとする〝均衡〟とは、貴様等の掲げる正義は、より多くが傷つき、より多くが死に、より多くが失われる、最低で最悪の状況じゃないのか!私達はその無価値な正義のために殺されるのか。そんな傲慢なことが、許されるはずがない背教者共、きっときっと、万民から呪われろ!!

私は抉り取られた空白を埋めることが出来ないまま、数日の日々を過ごした。無論、仕事はない。背教者共に滅茶苦茶に荒らされたのだから。

それまで独りで住んでいて、たった数回、一人ではないことがあっただけの家が、急に寒いほど広く感じられた。アンベルのために空けてあった部屋、そこは今、ディラックの海。玄関には行き場のない気配がうろついていて、洗面所の排水口はブラックホールになっていた。キッチンには未練がましい声がくすんだ色を漂わせていて磨いても磨いても磨いても取れない。気付かない間に、この家はすっかり一人のそれではなくなっていたらしい。今はない亡霊が、私の足下をうろうろ歩き回って紫色の煙になって私の肺を出たり入ったりしていた。それは目や口から漏れっぱなしになって、私を窒息させようとしてくる。死にたくもないのに、死にたいと、思った。

そうして私まで一緒に死霊となったような数日を過ごしてから、重苦しく鈍い泥濘んだ足下を引きずり運ぶように、業務を再開すると連絡のあった仕事場へ向かうと、起き上がり掛けの頭を思い切り踏みつけられた。

以降の出勤は、Laomedeia支店となった。Larissaの研究棟は一時閉鎖され、抗争の傷痕を清掃・修復しているとのことだった。無人機(モック)は破壊されたが、そちらは機能を限定したものだし、VOID突入試験はパスし終えたのだからさほどの被害ではない。Zanukaから脈々引き継がれているため新規開発ではないため、ハードウェア的なものは一旦の完成を見ている。そのプロトタイプの実機はLarissaではなく幸い今はLaomedeiaにあったので、以降の私の訓練はLaomedeiaでのものとなった。テンノの目的はやはりLyca-onの情報奪取だったようで、侵入の痕跡が見られたという。

Lyca-onプロジェクトは無期限の凍結だそうだ。指揮を執る者がいないのだから、仕方がない

私に知らされたのは、プロジェクトのアベンド。他の役職への復帰はなく、私の体は実験のために遺伝子を散々いじられただけのものとなってしまった。何より、アンベルがどうなったのか、その正式な報告はない。社員の死亡をいちいち社員にアナウンスするわけもないのだ、当然と言えば当然だが、ただ、プロジェクトが終了するに際して〝後任がいない〟という言葉が、アンベルの殉教を裏付けているようだった。

だから、薄っぺらなアルミ板みたいに事務的な上司のその言葉に、私は眩暈を覚えた。

あの日ポータルステーションで待ち続け、そしてアンベルが戻ってくることはなかった。発信履歴が3周分は埋まるほど電話をかけていると呼び出し音は電話番号未使用通知に変わった。コーパスは、戦争中なのだ。いつもどこかで無慈悲に人が死ぬ。戦死以外の方法で人が死ぬことはほとんどない。

アンベルは殺されたのだと、知る外になかった。グリニアの侵攻は地表に留まったのと、深部にある情報端末への侵入が見られたとことから、アンベルを殺したのは間違いなくテンノだった。

待ってください、研究結果は全て規格に沿ってドキュメント化されていますし、知識の俗人化は極力避けられていますから、どなたか後任を選んでもらえれば

……それはもう、俺が決めることじゃない。上の指示だ

アンベルではない別の、名前も知らない上司が、苦々しく私に告げた。私とアンベルの仲については、職場の誰も知らないことだったからそれについて触れられることはなかったが、私が遺伝的操作を受けたテストパイロットであったことは、研究所の中では知られていることだった。そして、プロジェクトの解散が告げられた今、プロジェクトの続行を訴える私は、明らかにただ遺伝子を恣意的に操作された哀れな社員として見られていた。

Lyca-onのここまでの成果をフィードバックして、Lynx計画を太らせるそうだ。メンバーは基本的にそっちへ移管されることになる

君もそっちへ行ってくれたまえ。そう言われても全く腑に落ちなかった。

そもそもLyca-onとLynxは思想が全然違う。LynxはLyca-onをベースに開発を計画されているVOID突入艇兼決戦兵器だが、自律型という大きな差がある。Hyenaのように量産することが将来的に予定されており、製造コストが抑えられていた。Lynxプロジェクトが発足してもなおLyca-onプロジェクトも動いていたのは、先行プロジェクトとして成果をフィードバックする先行的な意味もあったが、それ以上に、M.S.C.Sによる遠隔有人操縦であることのメリットを差別化して主張していたからだ。自律行動では、複数存在しそれぞれが全く別のアルゴリズムで予測のつかない戦い方をするテンノに対抗できないというのが、その根底にある。事実、一連の兵器開発プロジェクトでは、それぞれがそれなりの成果を出してはいたが、半操縦で動くZanuka以上の戦果を出しているものはなかった。Zanukaは始祖であり今でも最強というAladVの謳い文句を、未だに覆せないでいる。それを、みすみすやめて、また自律兵器の流れに戻れというのか。

上は、馬鹿ばっかですね。あなたも、未来が見えていない。本当に、本当にテンノを殺す気があるのか。グリニアやテンノが憎いだなんて、本当はただの方便なんじゃないのか!

名前も知らないが一応上司であるらしい男に吐き捨てた言葉は、ついこの間、アンベルが持っていたコーパスへの疑念とそう変わらないように思えた。

アンベルは、いったい何を思って計画を進めていたのだろうか。Lyca-onが完成し、テンノを殺しうる兵器として証明されたとき、アンベルはどんな表情をするつもりだったのだろうか。

アンベル博士は、もう亡くなったのだ。それを悔しいと思うのは俺も同じだし、だからこそテンノやグリニアを

……ない

は?

主任は、死んでない!

あ、また、これか。頭の中が、ぐちゃぐちゃに、なってる。支離滅裂なことを叫んで、感情だけが暴走して……。これも、Lyca-onのために甘んじた障害だというのに、どうして。どうして?アンベルの研究は無駄になるの?私が諦めた色々のことも、全部、全部意味なくどぶに捨てたようなものだっていうの?

私はもう、死人も同然だった。アンベルの死が計画の終了を示すものなら、その計画の凍結によって死ぬ私は、アンベルと一緒に死んだのも同じかもしれない。

出てって

計画の切り替えを告げに来た上司を、私は研究個室から追い出した。

その後も研究の続行を訴えはしたが、私がそれを言うのはテストパイロットとして最適化を施され続けた私自身へ肉体的な補償を求めるものだと思われてしまい、実験そのものの有用性をいくら訴えても聞き入れてはもらえなかった。比較的リベラルな発想を持つAladVとのパイプを持つ人間に働きかけもしたが、彼は今、行方不明だという要りもしない最高機密を手に入れるに至るだけだった。

だがこの時もう、私の中では気持ちは決まっていたのかもしれない。

まだ、Lyca-onの実機は無傷でLaomedeiaにある。制御も、M.S.C.Sも、一応は遠隔操縦とVOID突入の試験をクリアしてる。

私は計画を傍受されないために、それを電子媒体ではなく物理紙に記しながら、考え始めた。

この手でテンノを殺すには、自律兵器なんかじゃ、ダメなんだ……Lyca-onでなければ……ダメなんだ。アンベル、私は、私は、やるわ

Lyca-on計画のメンバーではない私なんて、生きている価値がない。もう、遺伝子レベルで、Lyca-onのための体になっているのだから、体は根底からその通りだ。そして精神的にも。アンベルとのかかわり合いも含めて、Lyca-onの存在は私の全てだった。

Lyca-on実機があるのなら、アンベルはまだ生きている……!私もまだ、生きている!この手でLyca-onを操縦してテンノを殺すことができれば、私達の生きている価値の証明になる。そうする他にもう、私はアンベルへの愛を証す方法を持たないし、私自身の存在証明をする方法も知らない。ありはしない。

だから。

この命、使い切るわ、アンベル

§

感染体に人間が駆逐されてしまった死の準惑星エリスには私のように本社から見放された形だけの支店があり、救難の手も差し伸べられぬままわずかGnathosセクタひとつのみが人間の領域として残されているだけだった。その他の、感染体によって人間が滅ぼされたセクターには、人間の手を離れた第一水準通信施設がある。第一水準通信施設の設備と権限があれば、私の技術で海王星の本社システムに侵入できるはずだ。そこをブリッジしてLaomedeiaにあるLyca-onの格納施設に侵入して、Lyca-onをジャックする。テンノがVOIDへ入るのを傍受できたときに私は行動を起こす。それまで、強かに準備をして待つだけだ。

私はもう、死人も同然だもの

そう。私は、もう死人なのだ。アンベルを失い、Lyca-onの未来を失い、本社での居場所ももうない。ただ、誇りだけは、失うわけにはいかない。アンベルの理想も、利権を追いかけるだけのクソ幹部や、背教者達に消させなんてしない。

死人らしいやり方で、証してあげる

憎むべきは、テンノ、奴らがこの宇宙の原罪だ。グリニアなどというあの様な醜い人間が宇宙を我々と半分割支配しているのも、テンノがもたらした災厄による。あの背教者が、我々とグリニアとの戦いにいちいち水を差すせいで戦争は長引き、宇宙に慢性的な不満足状態を固定化させている。奴らは、悪だ。グリニアも許せぬが、テンノ、あれは本来ならグリニアと組んででも根絶やしにすべき存在なのだ!

奴らの故郷たるVOIDを侵し、テンノを撃滅する力として作られたのが、Lyca-onなのだ。Lyca-onこそ、テンノを殺し、グリニアを蹂躙し、VOIDを暴いて世界に平穏をもたらす福音の鐘、未来の扉への鍵なのだ、それを、証明してみせる。

エリスへの侵入は難しいことではなかった。警備兵のシステムのセキュリティははっきり言ってザル、私の個人端末からでもハッキングが十分可能だ。それでも大きくシステムを荒らしてバレる事のないよう、最小の改竄でここを通る必要がある。だが、それは過ぎた用心かもしれなかった。

本社からの使節です。監査部四課のキャロル・メア。社員証と通行証はこの通りに

ここじゃあもう、そんなもの必要ない。ここは捨てられたコロニーだ。

定期便も来ていないの?

もう20年は来ていないな

そう

想像を超えた惨状だった。準惑星エリスが遮断スラム化しているのは知っていたが、これほどの荒廃具合とは。降りたドックにはあちこちに崩壊が見られ、私が来た小型の船でやっと着陸できるくらい。大型の艦船はもはや使用できまい。人の手入れがない領域では、建造物の傷みも激しい。耐圧ガラスにはひびが入りこれではすぐにも気密性を失いかねない。場所によっては緊急用の防圧隔壁が降りっぱなしになっている。そう言う場所では時折、ごく微かにだが、黄金色に輝く胞子が揺れていた。このセクターも、アウトブレイクに飲み込まれるまでもう、時間の問題らしかった。

ここも含め、コーパス兵の多くはCCSAからの派遣だ。本社プロパーの兵士は殆どいないし、CISも然り。通常、感染体が拡大したセクターでの勤務は最長で3年とされているが、このセクターは、別だった。新しくこの地に赴任を命じられる社員はもういない。稀にあるのは教化に応じない社員か、処分が必要になる社員だけだった。既にここで勤務している社員には余程のことがない限りここからの異動はなく、大概は〝発症〟して、仲間に処分されて死ぬ。しかも無断でこの星を脱出すれば、船ごと撃ち落とされた。この支社は、隔離コロニー。見捨てられているのだ。

目の前の兵士も、周りの奴も、皆防護服を着崩している。気密性が失われれば感染の恐れがあるというのに、穴が開いたりジッパが開いていたりしている。表情から生気も失われており、感染していなくともそれを疑われそうなほどだ。

……生体シリアルが常時スキャンされて本社にレポートしてる。ハイジャックは諦めなさい。それに、私が脳波から指示を出すだけでこの船は自壊するわ。

一人だけではない何人もの兵が、私と、私がここへ来た船を見ていた。本社からの使節ならば、ジャックすれば撃墜されずにこの星を出られるかもと思ったのだろうが、そう言われては彼らも諦めるしかないようだった。

勿論、そんなのは嘘っぱちだ。私だって本社を出奔して無断でこの星に来ているのだ。ダミー情報がばれれば私も犯罪者だし、それは時間の問題だ。だが、敢えてこの星に来たとなれば、本社もわざわざ処断したりしないかも知れない。

情報取得に来たのよ。この星のいい状況が報告できれば、帰還もあり得るわ。

私がそう言うと付近にいた兵士は色めき立ったが、どうすれば〝いい報告〟が出来るのか、それを分かる者は誰もいないようだった。口か出任せで言ったのだ、私にも、わかりはしない。だがそうして数日でも彼等から私への処遇がよくなれば、私は計画をスムーズに進めることが出来るのだ。

TAXI出来る人はいる?私をCosisに連れていける人がいれば、本社に高く伝えておくわよ。

帰還もあり得るかも。私がそういうと、何人かの男が釣れた。一人を選ぶ必要はない。全員に、エスコートさせればいいのだ。

Cosisセクタには第一水準通信施設があるが、感染体の巣窟となっている。私に必要なのはたった一部屋、広いわけでもない中央制御コンソールだ。通信自体が生きているのも、確認してある。そこから適当な別の通信施設へアクセス、踏み台にして、LaomdeiaにあるLyca-onへ接続してジャックする。Lyca-onにはスタンドアロンでVOIDへ突入する機能がある。Lycaーonを操作するニューラルコネクタも、拝借してきた。こちら側からの操作で一度VOIDに突入してしまえば、本社の施設を以ても追跡はかなわないだろうし、そうなれば踏み台アクセスも不要になる。起動してVOID突入後、Cosisからの直接接続に切り替えれば、本社からもどこからLyca-onを操作してるのかの探知は容易ではない。ここにいるとわかっても、まさかのエリス、感染に沈んだセクタにはなんとかしに来るのさえ難しい。テンノがVOIDへ侵入したのを察知してからLyca-onをジャックし、テンノを刈り取る程度の時間は裕にある筈だ。

そのために私は、ここ数ヶ月計画を練り続けた。個人用に偽装でき、かつエリスまで航行できる船を手配した。ニューラルコネクタを今や廃材置き場にも近いLaomedeiaから無断で持ち出し、勤務中に社内ネットワークにバックドアを仕掛け、社員情報も改竄した。もう、自社でのことなど考える必要はないのだ、Lycaーonでテンノを殺すためなら、形振りなど構いやしない。

§

私が乗ってきたのとは別に何人かが乗れる船があったから、それを使えばCosisまではすぐだった。Gnathosにナビ座標情報があったせいもある。高高度大気圏内を飛行する感染体は報告されていない。いるのはオスプレイのような低空を浮遊するものか、もしくは宇宙空間に漂うものだけ。飛行艇で航行する高度は逆に安全といえた。

Cosisまでは一直線だが、さらに制御棟へ行くには運が必要だな。その辺を歩いてる感染体どれかにでも出くわせば、群で袋叩きで、殺される。奴等は人間を見ると、食うそうだ。寄ってたかって骨を折り、肉を引きちぎって、生きたまま食われる。胞子を介さない感染は、そうして死んだ後に始まるってよ、身の毛もよだつね。何の用があんのか知らんが、そんなリスクを負ってまでCosisに行く必要、あんのかよ?

目的地が中央制御コンソールだと知って、何人かは降りた。残ったのは3名。持ち出した武装はDERA、SUPRA、OPTICOR、AMPLEX。セカンダリはなんだかごちゃごちゃと細かくいろいろ持って行ったが、感染体相手にそれを使う状況ではどれを使っても駄目だろうと全く気にしなかった。ただ私は、自分だけのセカンダリを一つ、彼等に気付かれないように忍ばせている。きっと、使う時が来る。

兵装は潤沢とまではいかないが、余程の奴と鉢合わせない限りはなんとかなるだろう。私はOPTICORをチェックしながら、男の方を見ないようにして応える。相手は戦線で生き延びている兵士だ。油断すれば真意を見抜かれるかもしれない。

免疫制御棟にあるオフライン状態になったままのデータを持って帰る必要があるの。といっても施設のオンラインは確認してあるから、ファイルを探して送信すれば終わり。簡単な任務でしょう?

私の言葉に、男が一人疑問の声を上げた。

本社の技術屋様がキーボードを叩いている間、俺達は何をしていたらいい?酒飲んで騒いでいていいわけじゃないだろう。どうせ感染体が入らないように防衛していろとかいうんだろ?簡単なものか

いいえ。私を中央制御コンソールに連れて行った後は、内側からロックをかけるから、帰っていいわよ

は?お前は帰りどうするんだよ

ニューラルコネクタは帰りには破棄するから、一人でこれで帰れるわ。あなた方も護衛対象なんかいない方が楽でしょう?

私はグリニア兵から鹵獲して保管されていたジェットバックパックを指さす。

まあ、そうだが。あんたがそう言うならそうさせてもらう。どうせ本社にいい報告なんてのは嘘なんだろう

……呆れた。わかってるならなんでここまで来たのよ

これでも一応は、信心深いもんでね。同じ教えの民が感染体の畜生に殺されるのを見過ごすなんて御免なんだよ

そう

難儀ね。私はあなた方が感染体にのまれても全然平気だけど。私が呑まれることになっても、ね。もう何も怖くなんてないもの。それに、感染体に殺されるのなら、テンノに殺されるのに比べれば何万倍もマシ。

帰りは素直に帰って頂戴

お言葉に甘えて

コーパスへの帰属意識は、すっかり薄れていた。それは即ち信心。勿論私が生きてきた長くもないが短いとも言い難い人生の中で、コーパスの教義によって作り上げられた意識はそれによって軋みを上げていたが、それさえも今は押し殺せていた。テンノを殺しアンベルの仇を討ちたいという欲求が、教社の意思に反している以上、そのドグマに従いきれなかったのだ。

礼の一つくらいあってもいいんじゃないのかよ。見た目に違わず、きかねえ女だな

別の男が、声を上げた。その隣の男はそれを制する。

私は何も答えなかった。否定するつもりなんかない。もともと、アンベルには私なんか釣り合わなかったのだ。それをあんな甘い夢を見せてもらって、だからただ、これからそれを返上しに行く。そうしないと、気が済まないから。

相手の気密ヘルメットのグラスに、私の顔がうっすら映り込んでいる、その〝いやな女〟の顔が。この3人を殺してでも私は、Lyca-onをジャックする。テンノを殺して勝鬨を上げる。そんなひどい人間が、お世辞にも美人などであるはずもない。せめてアンベルに負けないくらい綺麗だったら、こんな無謀なことをしようと思わなかったのかもしれない。アンバランスに始まってアンバランスのまま、均衡を取る前に突然刈り取られて終わった関係に、ピリオドを打ちたかったのだ。独善的な話ではあるが。

お嬢さまよ、最近の感染体の動きは妙だ。以前までは知性は一切なく単純な欲求にしたがって活動していると考えられていた感染体が、実は総体として動いているというのは近年わかってきたことだが、このエリスにいると、事態はそんな生易しいもんじゃないってわかるんだよ。全として個、総体として動いてるだけじゃない。何か酷く俺たち人間と近しい、想像出来る思考に従って動いているような感じがするんだ。

知っている。私は関わってはいなかったが、それは研究所でも先鋭の課題だった。感染体は個としては知能を持たないが、各個体が無線ネットワークを形成して分散系情報処理を行っているのではないかという研究だ。感染体の脳には、一見不要にも思える異常に発達した神経組織が発現する。それは、通信機器なのではないかと、一部の研究者は大まじめに言うのだ。

それに妙な噂もある。AladVが行方不明になってから、Zanukaと、彼の手がけていた人造Warframe、それに感染体研究の情報も一緒にすっぽり消えていたというのだ。裏では陰謀や、とんでもない都市伝説が囁かれていたりもした。今委員会に出席しているAladVは、グリニアの技術で複製したクローンだとも。なら本物は?愉快な噂話の一つに、AladVはエリスで感染体の研究を続けているというものもある。

よくわからないわね。だから何だというの。まさかこんな遮断スラムの中でも、AladVが感染体を操ってるだなんてステキな噂が流行っているの?

さあな。俺等の中には〝誘われた〟と抜かすやつもいる。そのあとすぐに気が触れて感染体の群れの中に飛び込んでいって死んだが

ふうん

あんたはそのことを調査しに来たんじゃないのか

違うわ

私はそれきり、口を開くのをやめた。男の内、中心的な一人はしきりに話しかけてきたが、私は無視を決め込んだ。下手を言ってはまずいし、何より、自分がやろうとしていることを、誰にも知られたくなかったのだ。私の復讐は、私だけが知っていればいい。他の誰にも私の行為を知って犯されたくなかった。知られるだけ、価値と弔いが小さくなるような気がする。私は、私のために、私だけがそれを認識して、この復讐をなすのだ。だから私は、男が話しかけてきてももう、言葉を返すのをやめた。男もそのうちに諦めて、黙って肘をついて外の景色を眺めはじめた。

§

褐色のランナーを優先的に潰せ、近寄らせるな

青い這いずってるやつもまずい

やはり気取られずに進入するのは無理だった。一匹ずつ確実に仕留めて道を確保しながら進む。Warframeの不可思議な能力がこれらをあっという間に一掃するのを映像で見たことがあるが、我々ではそうはいかない。感染体一匹に4人で正確に集中砲火を浴びせながら排除していく。

小さいやつはDERAの数発で死ぬ場合もあるが、OPTICORのフルチャージを受けても直進してくる奴もいる。とにかく近寄らせないために確実に確実に、焼き殺していく。

フェロモンでも出してるんだろうか。ほっとくとどんどん数が集まってくる。嫌だぜ、全部の脳味噌が無線で繋がってるとか、太刀打ちできねーだろ。確実に殺すのも大切だが、何より迅速に移動する方がいい

全力じゃなくていい、走れるか?

オーケー

正直OPTICORを抱えたまま走るのはしんどいが、そんなことを言っている場合ではなかった。道を進みシャッターを開けるたびに、無数の感染体が一斉にこちらに視線を向けて襲い掛かってくる。とにかく、恐ろしいというよりも気味が悪かった。奴ら一匹一匹が全員私達を殺そうと、しかも人間とは全く違う思考回路で進んでくるのだ。被弾も気にせず突き進んでくる。

元うちらの聖騎士隊だったとかじゃねえのかこいつら……痛みとか死とかの恐怖ないのかよ

ああ、そのセンはあるかもな。とどめをくれてやれよ

こっちはグリニア兵そっくりだ。心置きなく殺せるからいいけどよ

CCSA兵(私も交じっているけど)は冷静に光線を打ち込んで感染体を焼き殺していく。数は多いが落ち着いてかかれば、免災制御棟までは辿り着けそうだ。感染体相手なんて、本番でも何でもない。私は、テンノを待ち構え、奴らを殺さねばならないのだ。こんなところで苦戦しているわけにはいかない。

次のシャッターを開けてもまた大量の感染体。SUPRAの斉射が群の大半を削り取り、残りを着実に殺していく。気密スーツ越しにも鼻を撫でる、感染体特有の生臭さと腐臭の交じった匂い。

群体として一個の機能を持つと見直されてきた感染体だが、こうして懐に入り込んでしまうと、やはり知性を感じられはしない。各々がやれる方法でがむしゃらに突っ込んでくるだけだ。

テンノに比べれば、動きがわかりやすすぎる

テストパイロットとしてテンノのシミュレータ相手に訓練を積んできた私にとって、感染体の愚直な動きは至極相手にしやすいものだった。OPTICORの光線を、目星をつけた感染体の移動先に先読みして置くように発射する。まるで光線に飲まれるように感染体が焼けるのを見ていた兵士が一人、声を上げる。

……お前、ほんとに事務屋かよ。使い慣れすぎだろ

サバゲーが趣味なの。ちょっとしたもんでしょう?

OPTICORのチャージショットでまた一匹蒸発させると、男の口笛。

ひゅー、痺れるね。多分あそこの扉とその向こうの扉を開ければ、免災制御棟、その奥に中央制御コンソールがある。護衛対象が動ける奴だと楽だね

感染したオスプレイが不気味な声を上げて私たちの周りを旋回する。その声は、何かを呼んでいるようでもある。奴が抱えてきたクローラを焼き殺すと、奴はまた離れて声を上げていた。耳障り。私は狙いを定めて、OPTICORを放った。感染オスプレイはそんなに丈夫ではない。一撃当てれば、炸裂する。はずだった。

……?当たったはずなのに

感染オスプレイはなお浮遊し耳障りな声を上げている。私は次をチャージし始めた。空中を周回しながらじりじりと寄ってくるオスプレイを見ながらチャージが完了する時間を歯がゆく待ち続ける中、周囲でランナーを相手している兵士たちも、声を上げていた。

こいつら、急に硬くなりやがった。死なねえ

同じことを感じているらしい。何故だ。感染したオスプレイは、チャージショットを3発ぶち込んでようやく爆発した。1匹にチャージ3発も打ち込んでいては、殲滅が追い付かない。よく見ると、傷を負った感染体は、しかしその傷が急速に癒えていくことで死ななくなっているようだ。突如再生能力を得たように見える。

拙い。どこかにヒーラーがいる。先に殺さないとじり貧だ

エンシェントヒーラー。立体映像とコーデックス情報しか知らないが、そういうことか。辺りを見渡すが、それらしい姿を見つけることはできない。それどころか、殲滅は追いつかないし、先のオスプレイが声で呼び寄せたのか、大量のランナーやチャージャーが現れていた。それはみるみる数を増やして、いつの間にかまるで培地の菌みたいに、視界の限りびっしりと一定距離以遠の地表を埋め尽くした。

そして、私たちが目指そうとしていた扉が、開いた。地上を這う感染体なら溢れ出すように扉を出てくるのだが、扉は空いたまましばらく何も吐き出さない。暫くしてようやく、身をすくめるように窮屈そうな格好で門を潜って、奴が、現れた。

他の感染体がせわしなく細かく動くのに対して、それは場違いのようにゆっくりとした足取りで歩いている。ここからでもわかるほどの巨体。爛れた肉塊に手足が生えたような姿に、緑色に輝く組織が所々に見える。体温が高いのか、一歩踏み出すたびに地面の雪が湯気を上げて溶けていた。あれが、エンシェントヒーラー。奴がこのあたりの感染体のボスのようだった。私達を取り囲むように広がるチャージャー、ランナー、クローラーは、同時にエンシェントも取り囲んでまるで祀り上げているように見える。見た目悍ましく知性を感じさせない感染体達が、急に統制を得たように陣形をなす。悪臭と醜い見た目にもかかわらず、エンシェントヒーラーのその様には、まるで神々しささえ感じる。エンシェントの背にある放射状の組織構造物が、まるでニンバスのようでさえある。

お嬢が動けるんなら、あれにさえ鉢合わなければ余裕のミッションだったのになあ

男が砕けた口調で、だが硬く苦い表情のまま、呟いた。

潜入は失敗だ、逃げるぞ。奴らはもう陣形が整っている。直接あいつを殺せる距離にいれば勝機はあるが、ここからあいつだけを先にピンポイントに殺すのは無理だ。

一旦後退してシャッターの内側へ。感染体は銃などを使うことはないし、すでに私たちの位置を把握している。カバーアクションなど取る必要もなく、堂々と体を晒して望遠鏡を使って奴らのことを確認した。やっぱヒーラーだな、あれに感づかれちゃこれっぽっちの装備じゃどうしようもない。男が言った。

……仕方がないわ

次に来れるのは、ひと月後といったところか。今回ので奴らの警戒心が強くなる。経験上、一度殺気立つと一か月は鋭敏化したままだ

ひと月!?

冗談じゃない。ひと月も待てない。本社に感づかれてはLyca-onを完全にオフラインにされてしまうかもしれないし、ここまで兵を送り込んでくるかもしれない。本社の社員管理は割と杜撰で、膨大すぎる社員の管理は人の手で行われておらず、私が役職情報と行動スケジュールを改竄していることは社員保守システムの目さえ抜けていれば、延々と察知はされないままかもしれない。だが、それも希望的観測だ、誰か人間がそれを確認すればすぐにわかることだし、それがないとは限らない。待てるのは、せいぜい1週間。テンノのVOID侵入は二日に一度ペースで確認されているから、十分なスケジューリングなはずだった。Cosis内で1週間も足止めを食らうなんて、リスキーだ。

そんなに待てない。なんとかならないの。

無理だな。退却だ

兵士たちは脱出経路を確保すべく退却のフォーメーションを取る。だけど、私は、そうはいかない。今、まさに今、制御棟へ到達しなければいけないのだ。

ヒーラーが殺せる距離なら、いけたのに、ってこと?

どうかな。もう数が多すぎる。

あと扉ひとつなのに

距離も時間も関係ない、ああして感染体が群れを成したスポットに出くわすか出くわさないか、その二つに一つだけなんだ。運が悪かったと思って、おとなしく諦めな。

諦めるわけに、いかないのよね。

私は小さく独り言ちて、3人のうち中心的な男の後ろに回りこむ。

悪いけど、後ちょっと付き合ってもらうわ

私は男の腕を後ろに捻り上げ、鹵獲庫から拝借してずっと隠し持ってきたGREMRINを、男のこめかみに突きつける。

てめ……!

別の男は二人同時に私に銃を向けた。同時に、私が人質に取った男が口を開く。

お嬢さまよ、変な気は起こすな。俺達は端っから死人だ。別に二人とも俺の命が惜しくて言うことを聞いたりはしないぞ。一緒に撃ち殺した方が安全なら、俺ごとお前を撃ち殺す

その通りかもしれない。死人、彼が表現したその通り私も自分をそうみなしてここに来たのだ。

一人ならどう

……は?

あなた、後ろのチャージャーに、気付いていないの?

私に銃を向ける男が、思わず目を逸らしたその隙に。

どすん。

私は男を撃ち殺した。すぐさま銃をこめかみに当てなおす。男の視線が私に返り、それは明らかに敵を見る目に変わっていた。いい。それくらい、私を恨めばいい。私も、テンノがそれくらい憎いのだ、目的と感情について、とやかく言うつもりはない。

貴様っ

私とこの人を一緒に殺したら、あなたは一人になる。一人でここから出られる?

無理だろう。3人になった時点でもう無理かもしれないが。私は最初から、帰りのことなど考えていない。彼等がどういうつもりかも知らない。同胞に手を貸すのが広義的にコーパスの教義に入っているのは知っているが、それを遵守するかどうかも私にはもう大した問題ではないのだ。差し出されたはらからの手を掴んで相手を獣の群れに投げ入れることになんて、もう心が痛みだってしない。

銃を下げろ。この女は、もう魔境にいる。道徳は通じない。

知った口をきくのね

ああ、知らないな、お嬢が何をしたいのかなんて。どこで教えを踏み外してこの星に逃げてきたのかだって、知りたくもない。ただ俺達は俺達で、死にたくてGnathosに籠って生き延びてたわけじゃない。俺も、こいつも、今お嬢が撃ち殺したやつもだ

そうね。アンベルだってそうだったわ。

何が望みだ。どうせまともなこっちゃないんだろうが。

復讐

その意味をいちいち教えるつもりはない。そんなこと、彼らに教えたところで意味がありはしないのだから。

その時。私の正面、男の背後のシャッターが開き、本当にチャージャーの群れが現れた。

くっ

私に銃を向けていた男がそれを気にした瞬間に。

どすん。

もう一発、撃ち込んでやる。男の足を狙い、GREMRINのボルトは男のふくらはぎ辺りを貫いた。足が地面に串刺しになり動けない男。倒れ地面に伏せった状態で、彼は私(と男)に向けて発砲してきた。男が放ったDERAの光弾を、私は人質の男で受け止める。じゅうじゅうと焼け焦げる匂い、防護服をやすやす焼き貫いて生身の体がプラズマ弾で蒸発する嫌な匂いが浄化マスク越しにもわかる。狙いが上手く定められないせいで、実際に命中した数はそう多くはないらしい、私の拘束を解こうと身をよじるもそれが叶わないままの男は、まだ生きているようだ。

押し寄せるチャージャーの群れは、地面に串刺しになっている男の体に飛び掛って行った。最初はDERAで抵抗していたが、数に押し切られて男の体は感染体の海に沈んでいく。悲鳴と怨念のこもった声がその中心から響き、間もなくそれは聞こえなくなった。息絶えた男の体を、感染体はなおも弄んでいる。ぐちゃぐちゃと水気の多い音が聞こえて、腕だけであるとか、脚だけが、時折その海の中で飛沫のように跳ね上がって、また落ちた。

私達が内輪で殺し合ってるのを察したのか、こちらの数が減ったのを見たのか、後ろからとの挟撃に変化した空気を読んだのか、ヒーラーの率いる感染体の群れもこちらへ歩みを進めてきた。

……どうするんだ、お前に付き合える奴は誰もいなくなったぞ、楽天家のお嬢様よ

DERAの砲火を受けた虫の息の男。これももうさほど長くはもつまい。

これは選択肢の内。十分考慮に含まれていたことよ

私は男を抱えたまま、ジェットバックパックを点火させる。轟音を上げて、体が宙に浮きあがった。万事が上手くいけば帰りに使ったかもしれないが、正直行きに使う可能性の方が高いだろうとは、わかっていた。こうして使うことも。

一人乗りのブースターだ、二人とニューラルコネクタの重量を抱えては軌道が安定しないし高さも不十分。だけど、これで十分だ。私は感染体の群れの上あたりへ行き、そして男を放す。男は私の脚を掴んですんでのところで落下を免れる。

てめぇ、最初から、餌

恨んでもらって結構よ。私も恨みで、動いているから

私はGREMRINを男に向けて放つ。頭に当たって死んでくれても構わなかったが、ボルトは腕に突き刺さった。手が離れる。

落ちていく男の体が翻り、銃がこちらに向いた。一矢報いるつもりらしい、これに当たったら、私も終わりだ。ただの運任せではあるけど、それはそれで、構いはしないと思ってもいた。男の撃ったCESTRAの光線は、私の髪を少し焦がした2発以外、すべて的外れの方へ放たれた。私は、賭けに勝った。

感染体の群れの真ん中に落ちた男の体は、さっきチャージャーの群に呑まれた男と同じ運命を辿る。上から見るとよくわかる、感染体が生きた人間をどんな風に引き裂いて、ちぎって、食い、散らかすのか。男の体はまるで雑巾か何かのようにあっさりと四肢をバラバラにされ、首も胴体とお別れしている。腹部胸部も切り開かれて、赤や白の組織が飛び散っていた。感染体達はそうしてまき散らされる未感染の生体組織へ誘われるように集まって、それらを踏んだり口に含んだりちぎったりして弄んでいた。

エンシェントも例外ではない。のそのそと上から降ってきた男の肉に寄って、その組織を長い腕でつかんで口へ運んでいる。他の感染体達はエンシェントがそうするのをまるで優先させるように道を開けていた。

ここに一つ、そしてあっちに二つ、未感染の生体組織がある。奴らはそれに誘われて移動を始めていた。最初に撃ち殺した男も、脚を虫ピン留めして食わせた男も、もう体らしい体は残っていない。真下にいる男も、まもなくただの肉になるだろう。私は空中から群の背後へと着地し、全力で扉を抜けてコンソールへアクセス。即座にサイファーを突き刺してハッキングを完了させた。ロックアウトされた扉が閉まろうとする中へ滑り込むように入ってくる感染体へ、OPTICORを放ち、そのチャージ中にはGREMRINを乱射する。そうしてもう一発OPTICORを放ったところで、部屋の中は完全に静まり返った。感染体を占め出し、中にいる最後の一匹を焼き殺した合図だった。

私は深く息を吐く。あとは、中央制御コンソールまで一直線だ。私は気を抜かぬようOPTICORをチャージしながら先へ進む。最後の扉を開いたとき、そこには予想以上に保存状態がよくオンラインのままになった中央制御コンソールがあった。

……やっ、た

私はコンソールを叩いて、最後の扉も更にロックアウトする。感染体が幾許かの知能を持っていそうだったから、情報防壁を設置した内側に更に権限保護をかけてシステム的な保護を強固にする。Lyca-on操縦中に、万が一にでも感染体がここに入ってきては、困る。ついでに、監視カメラの画像認識システムを改竄して、タレットが動くものを片っ端から攻撃するように変更した。

これで、後は私一人の戦いだ。

コンソール操作用の椅子にニューラルコネクタを設置して気密メットを外す。コネクタを頭部へセットした。気密が保たれていないこの部屋で気密メットを脱いだ時点で、ウィルスへの感染が確実になる。記録では、胞子感染での潜伏期間は2,3週間、その後発症するらしい。だが、それだけの猶予があれば、十分だった。

ストレージで持ってきたドライバを用いてオフラインでデバイスをセットアップする。予め仕掛けておいたLaomedeiaのバックドアから最小限の侵入を施し、テンノがVOIDへアクセスする観測の傍受監視を開始した。テンノが来たら作戦第二幕の開始だ。それまでは、一旦、休止。

なに、してるのかな

私は銃を持っていた自分の手に視線を落として、一人ごつ。操縦桿を握るのとは、あまりにも違った。もう、ここに来るまでに3人を殺した。男の言う通り私はもう魔境にいるのかもしれない、3人の人間を殺しておいてなお、私には罪悪感が全くなかった。あるのは達成感と脱力感を足したものだけ。この〝通り過ぎてしまった〟という感覚、テンノに向けてトリガを引くときに欲しいものであって仮にも同教のものを殺めるときには、無くてもよかったものなのに。

椅子に座ったまま、機能はしているが目的の失われた無数の制御盤、光を放ち続けるコンソールにぼんやりと視線を投げながら脱力する。

どうでも、いいか

だって、一番大切なものはもう、この世にはないのだから。あとは、どうでも、いい。

§

それは想像以上にすぐのことだった。

私が1日2日は気長に待つ必要があるだろうと、思って持ってきたドーピング剤入りの食物を口に含もうとしたところで、早々にVOIDアクセスを傍受したのだ。

私はスティック状のそれをふた口で咀嚼して、すぐにニューラルコネクタを被ってコンソールに目をやる。操作。想定の手順通りに、他の第一水準通信施設で受信状態にあるものを検索すると、第一水準通信施設のほとんどがヒットしたので海王星Laomedeiaに比較的近い、準惑星ケレスのDracoセクタにある通信施設へ侵入する。マスタパスワード採取してあるし、ルート権限もマウントしてある。自動自己消去タイマを1時間に設定して踏み台アプリケーションを配置し、Dracoを仲介してLaomedeiaへ。ログイン完了。そのまま防壁をパスして、研究棟のシステムへ侵入。想像以上にスムーズに侵入できていた。

重要データマスが通気ダクト潜っていけるような管理下にある程の〝完璧なセキュリティ〟だものね、そりゃあ内部からのハッキングにはもっと弱いのだろうなあ……。こんなことグリニアが知った日にゃ躍起になってサイバーアタックしてくるわね

ここまで入り込めば、後はまだ削除されていない私自身の権限で自由に行き来できた。なんつうのんびりしたセキュリティだ……。まあ助かるけれど。

Lyca-onの起動コマンドと環境パスを取得してアクセスをフルコンにする。権限とパスワードを書き換えて、私以外ではアクセスできないようにする。メンテナンスプログラムを実行して、Lyca-onの状態を取得した。

>>CallLyca-on[T08A2-La/LancementCat_al_liner]-S //全システムの通信応答時間、制限内。 //油圧レスポンス問題なし。電源系統、3本とも確認。 //給電電圧、正系統にて安定。 //残熱問題無し。 //多段収束レーザーガトリング砲「Ninetail」、2門フル充填済。 //トラクタービーム照射装置、エネルギー充填なし。 //エーテルジェネレータエンジン、メイン2基補助1基とも稼働可能。 //プロトナリファイア、継続合計3000秒のエネルギー充填済。 //脚部パイルバンカー「Scarface」、炸薬100発装填済み。 //フレシェットキャニスター「Hedgehog」、4門全弾装填済。 //12.7mmレールミニガン「Keen」、8門とも全弾装填済。 //108mmキャノン砲「Miduch」、全弾装填済み。 //地対空マイクロミサイル、装填無し。 //IRスモーク生成装置、20発装填済み。 //空対地焼夷弾、装填なし。 //ショックウェーブディストーザの出力設定、通常の100%で確認。 //FCS各設定をVOID内セットにて確認。 //オートバランサを通常重力圏内、歪み設定なしで確認。 //赤外線補助カメラ、稼働中。 //サブアイカメラ、8基とも稼働中。 //カウンターFCS、合計100秒稼働可能。 //M.S.C.S、最新バージョンで確認。 //M.S.C.Sとの通信可能、ギャップ=0.02μ秒/5回測定平均。 //ダミーキー生成、可能・待機状態。 //GREEN.

いくつかの武装が除去されている。が、これらを装填し直すのは難しそうだった。それ以外は稼働可能な状態で保持されている。通信ギャップについては、踏み台リモートを使用している以上、取得した値はあてにはならないが、恐らく問題ないだろう。データリンク機能は本社からの妨害を受ける可能性があるので、起動後にシャットダウンする必要があり、どのみちミサイルはほぼ使い物にならない。装填されていないことに問題はなかった。

ニューラルコネクタの接続も、Laomedeiaには問題なく届いている。用意してきたハイジャックプログラムを起動すれば、Lyca-onは私の制御下で起動出来るはずだ。

ハッキングしてこじ開けた通信経路Cosis-Draco-Laomedeiaを経てLyca-onをジャックする。起動コマンドを投入した。

>>HelloSETA.whoami|ready? //YouareCarolbyVOICE-ID.Okay.I'mGREENallrightready. >>cmd/wakeT08A2-La/Lancement-force-ignore-ret0 //ya,carol.wakelycaonT08A4-La.pleasewait...

Lyca-on起動プロセスを開始。強制モード、完了まで全制御拒絶で指定

誰がいるわけでもないが、訓練で染み付いた報告を口に出してしまう。それは、これから先の作戦実行を自分へインプットする儀式でもあった。

//Cat_al_linerwakecomplete,Carol. >>Okay.

Lyca-onT08A2-La/Lancementカタリナの起動を完了。VOID突入の準備を開始、キーの作成完了後即座に突入する。

Lyca-onのカメラから、Laomedeia研究棟の映像が送られてくる。測定したギャップは閾値以下、問題なかった。VOID突入準備と平行して神経接続を開始する。Lyca-onからこちらへ送信されていた情報は形質を変え、私自身がLyca-on側へ没入する感覚に切り替わった。

周囲に職員が叫んでいる声が聞こえる。状況が読めないまま、制御を取り戻そうとしているようだけど、おあいにくさま。

私は周囲に構わず、Lyca-onのVoid突入プロセスを実行する。

>>cmd/buildneuralnetworksCat_al_liner //connectingNeuralNetworks...GREEN. //Hello,Cat_a_liner.

神経接続、完了

私の四肢はLyca-onの脚へ直結し、感覚も互換も全てがLyca-onへ委譲された。私は今M.S.C.Sで接続し、体をLyca-on、神経思考精神をキャロルに持つ結合体「カタリナ」となっている。もう、操縦桿は必要ない。私は、自分の体を動かすつもりで、そうおもえばそう動かせる、状態になった。そのまま、突入準備へ入る。ダミーキー作成指示を行い、平行して突入エンジンを起動する。

>>makeDummyKey|diveVoid-n-Tower2_3 //startmakekey.wait... //makingkey,wate...*

- //makingkey,wate...**

//makingkey,wate...***
-- //makingkey,wate...****
- //makingkey,wate...*****
//makingkey,wate...******-- //makingkey,wate...*******- //makingkey,wate...********complete. //finalizeingkey...complete. //finishmakekey>diveVoidready.

Cat_al_liner、Voidタワー2階層へ突入準備。カウントダウン開始

>>SETA,countdown-diveVoid. //okay,Carol.startcountdown... //count7 //count6 //count5 //count4 //count3 //count2 //count1 //diveexecute.Bonvoyage,Cat_al_liner.

突入!

シミュレーションじゃない、本当の、VOID突入。もちろんシミュレーションはほぼ完全に現実と同じ水準で再現されていたから、余程のことが無い限りはイレギュラーは起こりえない。訓練通りに備えて実行すれば、成功するはずだ。

ぐん、と後方へGを感じるような衝撃を受ける。VOIDワープが開始された。

ダミーキーを使用したVoid突入では、心身に不可解な負荷がかかるらしい。パイロットしか知らないことではあるが、頭の中が一旦ばらばらになって、言葉と意味が一度乖離してから別のアルゴリズムで結合し直すみたい。価値観は同じなのに意味が変わっていって、意味が別なのに認識は同じ。見えているものが見えている通りのものなのか、自分の存在さえ無理やりに客観視させられるような遥か彼方から俯瞰する体を操ると同時にそれは自分自身の主観でもある。最初は気持ち悪くて吐いたけど、もう慣れたものだった。Gの感覚が薄れると同時に、水の幕が前方から開けるように視界が塗り変わっていく。

そして、見えた、VOIDの姿。

これ、が

何もかもが、磨き上げられた真鍮のような輝きに満たされている。高い天井には、太陽のように眩しいのに氷のように冷たい光が差し込んでいる。全てが流れるような曲線で描かれ、やかましいほどの輝きに満たされているのに、静寂は刺してくるよう。アラバスタの様な白い床は、しかし、Lyca-onの脚でいくら踏み鳴らしても傷ひとつ付かない。樹木らしきものや水の流れが存在し、大気も清浄。神々しいまでの空気が、空間を支配していた。これが。

VOID、本物のVOIDへ、来たのだ。

>>cmd/switchconnroot-my //switchConnectionroot.Neptune\Laomedeia>Eris\Cosis. //Done.

接続経路を、Cosisセクタからの直接接続へ切り替えた。Laomedeiaからの接続も不要になり、Dracoの踏み台も間も無く消去され形跡は残らない。邪魔者は、もう、入らない。

来い、テンノ。貴様等と戦うために、私は全てを失ったんだ。もう、何も怖くない。刺し違えてでも殺してやる、殺してやる、殺してやる!

テンノがここに来て一体何をしているのか、それはわからないし、もはやどうでもいいことだった。ただ、殺せば、いいのだ。目的など、知る必要は無い。

脱出経路との接続フロアの手前にある広間へ、私は陣取った。

レーダーは、テンノの動きを補足している。確認できているのは4人組のテンノ。1対4交戦は、本来Lyca-onでは想定されていなかった。グリニア兵や、結社の戦闘員共ならば単機で100人単位との交戦想定と訓練を積んできたが、テンノは雑魚グリニア兵とは訳が違う。4人のテンノと交戦する際は、Hyenaの運用実績から2~4機でのパッケージングが前提になっていた。そして、試作機のままその将来が閉ざされたLyca-onの僚機は、製造されていない。

テンノを始末できれば、アンベルの研究と、私の存在意義を証明できる。やる、やるしかないんだ

これが困難なミッションだということは、重々承知だ。でも目の前に現れるテンノ達を殺すことが出来たなら、何かが変わるかも知れない。ろくな防護もなくエリスの感染地区へ侵入し、気密ヘルメットを外してLyca-onと接続している。私のカラダはもう、ウィルスに冒されていて、私の体を蝕んでいることだろう。私はきっと感染体となり果てて自我を失うのだ。

だが、その前になんとしても。

テンノを、殺す

>>SETA,GetReady. //Yes,Cat_al_liner.AllGREEN.GetReady.

臨戦態勢を整えたところで、まさしくそれを待ち構えていたかのように、4つのWarframeが現れた。

##何だとみえる、これはJackal? ##ちがいますか?Jackalより小型、でもsharpされている。 ##コーパスの多脚戦車。注意する。

自動翻訳装置は、テンノの声をぎりぎりわかる言葉に置換して伝えてきた。

背教者共、覚悟しろ。

##人乗っている? ##自律じゃない、困難か? ##破壊以外に手段は存在しない認識、会戦を行動! ##同じ!

こちらを敵とみなして、テンノは散開した。速い、が、訓練通りだ。追いきれる。

>>cmd/Identfy //identfy...done.[MAG,EXCALIBUR,NYX,#N/A]

いるのは、磁力使い、剣士、催眠術師、もう一体は……判定出来ない?ズームして姿を確認するが、あれはAladVの報告にあった人造Warframeの実験体じゃないのか?

まさか、あれもテンノの手に落ちているとは。いや、行方不明という噂、まさかAladVはテンノに与している……?

色々と疑惑はよぎったが、どうでもいいことだった。

死ね、テンノ

磁力使いは、こちらの照準をずらそうと柱の向こうを走り続けている。だが、各脚部に備わったカメラはシームレスにロックオンを継続していた。剣士が身の丈よりも巨大な剣を構えて飛び掛ってきたので、私は一旦飛び退き、剣士の着地予測地点目掛けてトラクタービームを加重モードで設置する。

##高速! ##Jackalと全く違う、警戒!

Jackalなんかと一緒にするな!

トラクタービームの範囲に進入した剣士に向けて、Ninetaleを放つ。剣士は射撃に気づいて剣を前に立て、目にも留まらぬ速さでそれを振り、レーザーマシンガンの光弾をかき消していく。だが加重トラクタービームの内側では、やつの思うとおりの動きはかなわない。少しずつ、奴のシールドは削げていく。剣士の背後から、実験体が踊り出る。それは、既に捕捉済みだ。

V字型に設置するように、Keenの火線を張り、行動を上下へ制限する。上へ跳んだ実験体、その飛翔起動予測位置へ、Hedgehogの弾幕を展開した。無数の針を面へ放つHedgehogが、実験体の跳躍を潰す。実験体はガードモーションをとって弾き跳んだ。剣士はダメージを省みずガードを解いてトラクタービームの範囲を脱出した。Ninetailの光弾の幾つかが奴の体を焼いた。

##ダイゴ! ##問題ない、継続!

剣士はトラクタービームの範囲外で剣を構えている。今射撃を行っても弾かれるだろう。一旦照準を変更し、磁力使いへ銃口を偏向した。

奴はWarframeの持つ力を使用して、削り取った剣士のシールドを回復する。余計なことを……!

力を使用して隙を作った磁力使いに向けてNinetailを放つ。命中するかと思ったが、横から割り込んできた催眠術師が球形のオーラを展開し、光弾を防いだ。記録では、あれはあらゆるエネルギーを給して蓄積し、一定時間後に放つ能力。余計に攻撃すると、こちらに被害が出る。厄介だが、連続使用には制限があるらしい。ならば一回、使わせた。このままじりじりと使用させて、裸になったところで蜂の巣にしてやる。

Ninetailを停止し、ダウンから復帰した実験体へ照準を合わせる。

テンノ達は柱の影でカバーしつつ射撃してくる。確認したところ、コーパス製のライフルやグリニアの武器のように見えるが、シールドに与えられる衝撃はそれの比ではなかった。奪った武器を、テンノはオロキン技術を濫用して改造しているらしい。

致命的なものではないけど、このまま射撃を受け続けるのは美味しくないな

>>スモーク、濃度60%未満で再使用予約。 //Okay

スモークを展開する。視界を奪い、ほとんどの光学兵器を高度に減衰させるが、予め設定した周波数には無干渉となる。トラクタービーム、Ninetailは勿論指定周波数に設定してあり、こちらの光線は阻害されない。この部屋の大きさなら、全体を噴煙で覆いつくして視界と光学兵器の脅威を奪い去れる。真っ白く塗りつぶされた空間、テンノは視界を失って戸惑っているが、一方の私はセンサー類でテンノの位置を手に取るように知ることが出来ていた。優位だ。4対1でも、戦える、Lyca-onは!

私は磁力使いの前に現れて防御した催眠術師の前へ飛び込む。全く視界を失っていた催眠術師は、私が目の前に突如現れたことに反応できない。

>>どこを見ているの?死ね!

横から脚の爪を立てて薙ぐ。

>>Scarface! //Scarface,FIRE.

Scarfaceを点火すると、脚部での打撃攻撃は動力で薙ぐのとは別に炸薬による推力を上乗せされ、大運動エネルギーを以ってテンノの側面にヒット。磁力使いは吹き飛んで壁にぶつかる。

##[悲鳴] ##ジットサン!

入った!シールドを突き破ってダメージが入ったはずだ。そのまま跳躍して磁力使いとの距離を縮める。倒れたままの磁力使いの体に足を乗せる。至近距離でScarfaceを下方向へ炸裂させれば、いかにWarframeが強固といえど突き破ることが出来るだろう。

まずは一人、死ね!

>>Scarfa... ##待つ!

突然、脚に光の紐のようなものが巻きつく。それは、起き上がった実験体の腕から伸びていた。Scarfaseを発動させようとしたが、その紐に引かれて脚の先端が磁力使いの体から外れてしまっている。

小賢しいっ……!

人間程度の大きさしかないWarframeがどうしてそれほどのエネルギーを保持できるのか、全く理不尽だ。奴の腕から伸びる光の紐は、私の前足を固定しようとしている。サイズに見合わない巨大な力で、脚は阻害されてしまう。

ふざけるな!ばかばかしい、なんだその力は!

紐の絡みついた脚を上げ、攻撃するでもなく横方向へScarfaceを噴かす。

>>吹き飛べ! ##!!

爆発的に水平方向へ生じた運動エネルギーを、実験体も吸収しきれずに紐ごと引き飛ぶ。実験体は紐を解除して、吹き飛ぶ中で体を回転させて別の紐を伸ばし、壁へ突き刺す。横へ吹き飛ぶ慣性を器用に消して壁へ激突する前に着地した。

##PsychicBolts!

催眠術師が空中に4本の矢を形成して放ってくる。

射撃など

私は催眠術師のほうへ向けてトラクタービームを設置して、自身は煙幕の中に飛び退く。だが、催眠術師の放った矢はスモークの中にもかかわらずしつこく誘導してくる。

はぁ!?

私はトラクタービームを天井に放ち、自身を天井へ着地させる。矢は私目掛けて飛んでくる。弾頭が上に向き加速するのを確認して、再び床へ。加速度を保ったまま頭を下げる矢。ひきつけて後ろに飛び退くと矢は地面へ突き刺さった。

なんて誘導性なの。テンノの目には見えて無くても、矢にはスモークが効かない?ふざけているの、反則だわ

矢は地面に突き刺さると、姿が消えた。もしや実体など無いただの特殊映像なのではないかと思ったが、突き刺さった床、先ほど傷をひとつつける事が出来なかった鏡面に深々と4つの爪痕が刻まれている。貫通力は凄まじいものらしい。やはり、Warframeの力は驚異的で、反則的だ。ふざけている。

センサーで捕捉した磁力使いと催眠術師の予測位置へ、2門ともNinetailを放つ。あたっているとは思わないが、これで行動を拘束できるはずだ。後ろに剣士と実験体。剣士は大剣を構え、実験体は長く伸ばした爪を突き出して懐に入り込もうとしてくる。実験体は一旦立ち止まり、構えて空中へ咆哮を上げた。

なんだ?

実験結果報告には、あの人造Warframeの機能的なことは多くは触れられていない。あのWarframeは全く未知、警戒するしかなかった。

咆哮を上げた瞬間、一緒に行動していた剣士の動きが、突如加速した。凄まじい速度でスライディングし、回避行動の前に懐に潜り込まれてしまう。

なっ……!?

喉元に剣が伸びる、拙い!

>>ナリファイア! //RUN('ProtoNullifier')

ナリファイアはまだ試作品だ、機能するか怪しいが、ここは頼るしかない。

ナリファイアの光膜に触れた剣士は、速度を元に戻した。効いた!更にトラクタービームを照射して減速させ、ショックウェーブディストーションを放って後ろへ飛び退いて回避する。剣士はショックウェーブに吹き飛ばされて転倒、私はそれ目掛けてMiduchを放つ。が、実験体が前に現れ、拳を翻してそれを弾いた。

拳で108mm弾くって、どういうことよ

##残念、あともう少し!goodだった、スイコサン ##逃がして、バカヤロウ!

あの咆哮は、周囲のWarframeを加速させるの?共鳴機能なんて

私は苦々しく思いながらも、スモーク点火を継続する。残弾はまだ十分だ。そのまま天井へ張り付いて、実験体と剣士がいる辺りにHedgehogを放つ。反応点は素早く退避して物陰へ移動した。

磁力使いは手に持ったグリニア製のサブマシンガンGRAKATAを放ってくるが、こちらの周囲にはまだナリファイアが展開されている。弾丸は全て減衰して地面に落ちた。

##シールド ##違うように見える、新技術?

他のテンノも一斉に射撃を向けてくるが、無駄だ。奴らはナリファイアの光に目掛けてあてずっぽうの射撃しているが、私は正確にその位置が把握できている。私はゆっくりと照準を合わせ、回避経路を予測した上でNinetailとKeenを放つ。

##警戒! ##スモーク、何とかならない? ##このフレーム、ない

ナリファイアが消えた。発光が無くなり、奴らから私の姿は撹乱されているはずだ。再び天井から降り、一気に実験体の側面へ寄る。

##驚!? >>Scarface!

爆音とともに、爪が実験体にめり込む。手応えは、あった。

##[悲鳴強い]

吹き飛んだ実験体に、剣士が寄る。ばかめ、一網打尽だ。

Hedgehogのノズルを絞り、集弾性を上げて二人目掛けて放つ。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。

幾らWarframeに高性能のシールドがあろうと、Hedgehogの連射を受けてはもつはずも無い。だが。

##[呻き] ##スイコサン!

実験体は、立っていた。剣士の前で、銃弾を受けるように腕を交差している。流石にダメージは大きいようだったが、まさか生きているとは。重装グリニアでさえ粉々になる射撃だというのに、一体どういう装甲をしているんだ。

ああ、ああ、もう!いちいち反則よ、ふざけてる、ふざけてる!なにが、なにがWarframeよ!!

止めを刺そうと、Keenを前方への侵入を防ぎつつ回避範囲を狭めるようにX字に放つ。実験体と剣士に向けて銃弾が迫る中、急に周囲に光の膜が現れる。それに包まれたかと思うと、私が放ったはずのKeenの弾丸が、急に回頭して私の方へ飛んでくる。

なに、これっ!?

飛び退いて回避しようとするが誘導してこちらに向かってくる。Keenには誘導性などないのに!

トラクタービームを足元に最大加重モードで展開する。こちらに向かってきていたKeenの弾丸は、流石にそれに曳かれて地面へ弾けて止まった。

なに、今の

周囲を確認すると、磁力使いが私に向けて何かを仕掛けていた。

磁力使いの、力か

同じ実弾兵器でも、Hedgehogは爆発的に一瞬で放たれて終わるから影響は少ないかもしれないが、Keenはあいつを自由にした状態では使わない方が良いかもしれない。

今の隙に、剣士によって実験体は安全な位置に逃されていた。これがグリニアの基地とかであれば、柱ごとMiduchで貫いてもいいのに、VOIDの壁材は全く貫通できない。物陰に隠れられると、近接を仕掛けるかショックウェーブディストーザで炙り出すしかない。

イライラさせないで、頂戴

確かにWarframeの力は、圧倒的だ。解析も出来ないし再現も出来ない。だが、だがそれでも。こちらの資源はまだ殆ど減っていない。それに引き替え、実験体は瀕死、磁力使いにも大きなダメージが入っている。射撃重視の構成で、慎重に立ち回れば剣士も封殺が見えた。催眠術師は、あの誘導矢以外に脅威はない。

落ち着いて対処すれば、行ける。勝てる!

トラクタービームを設置して、実験体をこちら側へ〝落下〟させる。

##危険!

実験体は剣士に手を引かれて位置を保っている。2門のNinetailを剣士と実験体に向ける。その状況からではガード出来ないでしょう?

##ダイゴクン!

磁力使いが声を上げて駆け寄るが、そこに向けてHedgehogを放つ。

##[悲鳴]

フレシェットキャニスターをまるで壁面のように受け止め食らい、吹き飛ぶ磁力使い。普通であれば粉々に吹き飛んでもおかしくないものを、Warframeというものは多量の出血とダメージで済ませてしまった。独自のシールドシステムの恩恵らしいが、我々の技術とは桁違いの性能に、強く苛立ちを覚える。

バケモノめ……

それでも、磁力使いももうさほどの自由はきかないようだ。催眠術師のエネルギー吸収フィールドに守られながら物陰に身を潜ませる。

カバーリングしながら向けられる改造GRAKATAはとても無視できない威力だし、実験体が撃ってくるMERLOKや剣士のMAGNUSも、一体どんな技術で改造しているのだろうか、通常の武器とはとても思えないほど重い。左右へ軸を振ってリロード速度とシールド回復が釣り合うようにしながら、NinetailとKeenによる制圧射撃を継続する。磁力使いのさっきの怪しい力には、警戒を怠らない。Miduchの装弾を実体弾から光子弾へ切り替えて、その照準を常に磁力使いに向けておく。柱から顔を出した瞬間に、撃ち抜いてやる。

焦る必要はない。消耗は奴らの方が大きいのだ。私がここで待ち構える限り奴等には帰り道がない。戦わざるを得ない。こうして有効ダメージを重ねていけば、勝てる。やはり、自律戦闘プログラムでは限界があるのだ。Warframeの持つ未知の力に対抗するのには、時々刻々と変化する状況に対応しなければならない。やはり、人間の思考力が重要なのだ。M.S.C.Sでの遠隔操縦には、価値がある。Lyca-onは、継続されるべきプロジェクトなのだ。

Keenの空転を熱量が閾値を超えない程度の速度で継続して警戒しながら、ショックウェーブディストーザを実験体と剣士が潜む柱のあたりへ射出する。着弾点から広がる衝撃波が、剣士の肩あたりを柱から燻り出した。Ninetailはそれを目聡く貫く。

##痛、無い隙。困難…… ##私が、隙間を作る。ダイゴ

今更策を弄しても無駄だ。Lyca-onはテンノを殺すために造られた。私は、テンノを殺すために調整された、それしかない人間なのだ。私は、カタリナは、〝そういうもの〟なのだ。今まで我々が、恐らくグリニアの連中もそうだろう、殺されるだけの存在であることを受け入れるしかなかった。貴様等が殺戮常識であったのと、今の私は、同じなんだ。私は、テンノを狩る者になった、そういう存在に!

>>背教者共、ここが貴様等の墓場よ。VOIDは貴様等の故郷だというじゃない?ここで死ねて、幸せでしょう!?

アンベルは無慈悲に故郷でも何でもない場所で、殺されたのだ。テンノ、貴様等にその口惜しさが、わかるか?わかるのか!?

>>殺される前の恐怖は、どう?行き止まりでしょう?目の前に道は開けてるのに、透明で絶対的な壁に封じ込められて待つしかないその感覚、何を見ても暗黒でタールの中でもがく様なその苦しみ。死を待つだけの息苦しさを、どう?初めて味わった気分は!?ねえ、ねえ!?

トラクタービームとショックウェーブディストーザで、カバーリングに揺さぶりをかける。磁力使いと催眠術師が柱の陰を飛び出した。動きながらではあの妙な地場形成はできないだろう。Keenを放ちながら跳躍、その動きを追跡する。

気を取られたりはしない。背後のサブアイカメラとソナーはしっかり剣士と実験体の動向を探っている。何かを仕掛けてきそうな気配は、察知している。

##速い動き! >>違うわね、貴様等がとろ過ぎるのよ。死ね

移動経路に体を割り込ませ道を塞ぐ。行き場を失い後ろへ下がろうとする磁力使いへさらに距離を詰める。至近。

>>Scarface! //FireScarface

爆炎が上がり、急推進する鉤爪が磁力使いを掠める。脇腹あたりに深いダメージを与えた。よろけて催眠術師に抱えられながら退避する。GRAKATAとSOBEKが浴びせられ、深追いを妨げられたが、まあいい。Keenで制圧射撃を続けていると、背後の実験体と剣士が動き始めた。

!!

柱の陰から飛び出したのは実験体。大ダメージを負っているはずだが、地響きにも似た巨大な咆哮を上げてこちらに向けて突進してきた。

死にぞこないが、窮した?そんな無謀な突進………ん?

妙だ。腕の周りに赤い光が纏わり付いている。Hedgehogで負ったはずのダメージは、癒えてはいないにしろ出血は止まりダメージ進行は止まっているように見える。何よりこの機動性。また何か妙な力かもしれない、用心に越したことはないだろう。私は一旦クイックブーストで後方へ距離を取り、Miduchの銃口を向ける。ただ真正面から突き進んでくる実験体は、銃口が向いたにも拘らず回避行動を取らない。

じゃあ死ね!Miduch

//Fire.

大口径のMiduchの砲弾が、実験体めがけて飛ぶ。当たれば、いかにWarframeとはいえ無事ではすむまい。Miduchの弾頭は実験体の、前に突き出された拳に当たる。貫通力を押さえ衝撃を与えることに重きを置いた弾頭は、実験体の腕を破壊した後自らの衝撃で弾頭を四方へ散開させて周囲に衝撃をまき散らす。腕だけでなく体や頭部にも多大のダメージを与える……普通ならば破裂して飛び散る……はずだった。

がんっ!

何か妙な音が響いたと思うと、実験体の拳はMiduchの弾道を逸らしてしまった。実験体自身はそれによるダメージを負っているように見えない。突進の速度が僅かに鈍っただけで、依然こちらに最短距離で突っ込んでくる。

はあ?!

なんだ、あの赤い光のせいなのか?ばかげている、余りにも物理法則に逆らいすぎている。何か悪い手品でも見せつけられているみたい。

//Cat_Al_Liner,UnidentifyAbility. >>ya. アッ!

実験体は獣じみた叫び声を上げながら接近してくる。拙い。何だかわからないが、あれに張り付かれるのは、拙い。とんでもなく嫌な予感がする。絶対に距離を保たなければ。

多少の熱蓄積を覚悟して、ブーストを吹かして接近を拒む。Ninetailをぶち込むが同じだった。まったくダメージになっていない。ばかばかしい、余りにもばかばかしい。Warframeの力はオロキンの、まさに神の力ということなの?抗えない絶対的なものだとでも?

ふざけ、ないで!!

そんな、ばかげたものが、あってたまるか!認めない、許さない。

奥歯を思わずかみしめてしまう。まだ、優勢だ。1体4を強いられてまだ優勢を保っている。焦る必要はない、だというのに、余りにも運命に愛されているテンノの境遇を思うと憎しみが焦燥に混じって漏れ出てきてしまう。私達はこんなにも必死に生きているのに、何故、何故こんな風なのだ!

苛立ちを隠せない、今すぐにでもちょこまかとうるさい実験体を摘み上げてマウントポジションに組み敷き、どれくらい殴り続ければ死ぬのか試してみたい。だが、あんまりこれにばかり気を取られるわけにもいかない。剣士は、何をしている?まだ柱の裏側で銃をこちらに向けている。この速度ではさほどの精度は出せないらしく、ほとんどヒットはしない。監視だけ続けて放置する。磁力使いと催眠術師は?

催眠術師は、先ほどの矢を放ってきた。スモークが効いていても誘導してくる不可思議な矢は、どうしても回避行動を取らざるを得ない。急旋回を誘って障害物へ突き刺して何とか回避するが、それによって実験体との距離が縮まってしまう。

こざか、しいっ!ハチの巣になってくたばれ!

催眠術師のいる方をめがけてHedgehogを放つ。が、磁力使いは先ほどの妙な力場形成を、私にではなくその辺の壁に向けて展開していた。Hedgehogのフレシェット弾が、不自然な弾道を描いてすべて明後日の方向の壁に突き刺さる。

だったら

実験体を背後に置いてそのまま私も直進。催眠術師と磁力使いに接近戦を仕掛ける。ヒットアンドアウェイだ、一撃を加えて、実験体に寄られる前にまた離脱する。

>>Overedboost点火! //FireoveredboostTakecareforGshock,Cat_Al_Liner. >>Okay,thxSETA.

ロケット推進剤に点火、一気に実験体を引き離して催眠術師との距離を詰める。

>>Scarface! //sc... ##コーパスノアクギャクヒドウ、コノカガヤクツルギヲミヨ!オマエタチノアクジハオテントサマガテラシダスノダ!RadialBlind!

Scarfaceを繰り出して催眠術師をぶち抜こうと思った矢先、カメラが閃光に包まれ映像を得なくなり、ソナーも部屋全体に反応を示すようになってしまって機能を失う。

!?

聞こえた声は剣士のものだったが、認識できない。

全ての知覚を、一瞬だけ奪われた。だが、その一瞬は命取りだ。Scarfaceの使用を中断し、後ろから迫っているだろう実験体を警戒して急旋回を織り交ぜた回避行動を取る。これが奴らの目眩ましだとすると、奴等には私の姿が見えているかもしれない。スモークを再度焚き直して、天井に張り付く。

>>count //count5 //count4 //count3 //count2 //count1 //AllRecover.

ソナーとカメラがすべて復旧したところで、奴らの配置を確認する。催眠術師と磁力使いはカバーしながら射撃を続けている。剣士は先ほどの目眩ましをしてから、前線に現れていた。近い。実験体もやはり猛スピードで私を追いかけて来ていた。時折ワイヤーフックを使ったトリッキーな軌跡で追跡してくるので、距離が離しきれない。むしろ、縮まっている。アレに捉まるのは、拙い。

ちょろちょろちょろちょろ、うるさい!!

どうにかして距離を離さないと、何をされるかわかったものではない。だが。一瞬のすきに、脚と体の間をワイヤーフックがすり抜けた。

しまっ

軸が、合ってしまっている。なんとか軌道を逸らさないと、フックの着地点でアレと鉢合わせてしまう。ブーストを吹かすが、軌道は大きくずれない。大きな柱の一本に着地した時、ワイヤーに導かれた懐には実験体がいた。

!!

拳には、レーザーカッターのような鋭い光の爪が輝いている。腕に締められていたボルトのような拘束具が何本も抜けかかっており、抜けかけたその穴からは血液のようなものが溢れている。穴だらけの腕で力は入らなさそうに見えるのに、光をまとった腕は余りにも禍々しい。センサーには真っ白く飽和した色で描かれており、巨大なエネルギーを蓄えていることがわかった。あれを突き立てられたら、ひとたまりもない。だが、それはもう目の前に締まっている。

//RUN('ProtoNullifier')

SETAが、独断でナリファイアを起動した。正しい。ここで打てる手はこれしかなかった。それで防ぐことができなければ、大ダメージは免れない。一か八か、ではあった。

ナリファイアの光膜が広がり、実験体を内側へ取り込む。

##吃?どうして終わる?!拙い!!

実験体の周囲に湧き出していた赤い光が形を潜め、腕から禍々しいエネルギーが失われた。

>>yeah!!GJSETA!Iloveyou!! //nop

強制的に謎のモードを解除された実験体はフックを手放してよろけ、柱から落下しかける。だが、そんなことはさせない。

SETAがくれたチャンスだものね!

私は脚を延ばして実験体をとらまえる。抵抗もなく、よわよわしい。そうか、前に受けたダメージが癒えているわけではないのか、好都合だわ。

私は実験体の体を引きずったまま地面へ降り、残りの3人へ十分な制圧射撃を加える。まずは、AladVの置き土産を平らげよう。

##スイコサン! ##きちゃだめ、ダイゴ >>あらあら、お熱いのねえ。二人は〝そういうの〟だったのね。でも、私達も、そうだったのよ、お前達テンノが、しでかしてくれる前まではね!!

ざまあないわね、報いよ、当然の、当然の報いよテンノ!!

私は実験体の頭に足を乗せ、爪を立てる。もう片方の足と顎で、体の動きを完全に封印した。

>>cmd/Scarface-overload3 //Okay.FireScarfaceTriplize

このWarframeは特別強固な装甲を持っているらしい。炸薬を通常設定の3倍使用して、確実にとどめを刺す。炸薬カートリッジを、過剰ロードする。脚の関節部分から三つ排莢されて、パイルバンカーが過熱する。

くたばれ、まずは一人だ!Lyca-onはテンノを殺してその肉を食らう、恐れろ、慄け!貴様等の時代は終わりを告げるわ!!

ドスン。

鈍い衝撃が響いたのは、私の方にだった。

……えっ?

じわり、と痛みが広がる。腹部。Lyca-onのステータスを確認するが、外傷は一切ない。他の三人のテンノも制圧射撃で身を隠したままだ。

がっ……!、あ、な、なに?だれ、?なによ、お!?

センサーにもソナーにもカメラにも何も反応はない。Lyca-onにも外傷はない。だが、腹部を襲う異常なほどの痛み。何事。だ?

##? ##スイコサン逃げる!

Scarfaceを放ったが、逃げられてしまった。眩暈がするほどの痛み、原因はわからない。痛みで体が上手く制御できない。

っぐ、ち、ちくしょ、う、なんなの……!?

Lyca-onに損傷がないのに、痛覚が刺激される……まさか。

私は視界の隅に、Cosisで私自身を操縦する私の姿を表示する。

っ!

そこに映っていたのは、免災制御棟に侵入した無数の感染体と、それに取り囲まれた私の体だった。感染体の一体の腕が私の腹に突き刺さっている。痛みの理由は、これだった。

う……そ?

扉はロックアウトしたはずだった。確かに何等か統一的な意思を見せる感染体ではあるが、ロックを解除するような細部への高等知能は有していないという話だったのに……そもそもシステムがいかれているこの施設ではロック自体が機能していなかったとでもいうの?いや、そんなはずはない。確かにロックも、ロック解除も、操作が必要だった。そうしなければ開きも閉じもしなかったのだ。

どう、して……!?

感染体は私の腹の中を腕でかき混ぜ、何かの臓物を引きずり出した。

っぐぅううっ、ぁああああああああああああああ!

腹部に激痛が走る。尋常ではない、こんな痛み、この世に存在しているなんて信じたくないほどだ。腹からずるずるずる出てくる赤白のなにか組織が、自分の体だと信じたくない。自分の体から内臓を引きずり出されている光景を客観する羽目になるなんて、気が狂いそうだ。

その痛みと動揺で生じた隙を、テンノは見逃してはくれなかった。実験体がバネを効かせて起き上がり、真っ先に懐へ入り込んで来る。手の甲から現れた爪刃VENKAで、喉元を狙う動作を見せる。私は痛みにかすむ意識の中で咄嗟に後方へ飛び退きそれを回避しようとする。が、実験体は爪を繰り出すことなく飛び退いた私にぴったりとくっついてくる。喉を狙おうとする動作そのものがフェイントだった。いつもなら分かり易いフェイント。訓練では引っかかる筈のない稚拙な戦術に、まんまとかかってしまう位、今の私はまともな思考が出来ていない。

しまっ……

激痛と、コックピットでの「自分の体」の状態への焦りで思考が鈍っているのだ。隙。張り付かれ、飛び退いた着地の硬直を奪われる。実験体は腕を天井に向けて伸ばし、Liplineで空中高く飛び上がった。地対空ミサイルは搭載できていない。シールドは実験体の上げた雄叫びの様な音響兵器によってかき消されてしまった。ナリファイアのクールダウンは終わっていない。身を守るものは、生の装甲だけ。シールドと迎撃システムに頼っているLyca-onの装甲は、銃弾程度なら弾けるが、今奴等は接近戦で片を付けにかかってきている。そうなればこの装甲など頼るに足らないものだ。

空中で、今度こそ本物だとでも言うように爪を伸ばして、続けざま地面へ向けてワイヤーフックを伸ばす。私の顔の横をすり抜けしっかり地面を捉えたフックを、実験体は一気に巻き戻した。空対地加速を得て弾丸と化した実験体はその爪を私めがけて突き立ててくる。トラクタービームで軌道を逸らそうとするが、でたらめな過加速HeavyImpact。爪刃は私の背中の装甲を紙のように貫き、貫通したそれが胸の辺りから顔を見せていた。

が、っぐ

神経接続され、Cat_Al_Linerとなっている私とLyca-on、突き刺さった爪の痛みも共有される。リアルの体が腹を掻き混ぜられる上に、神経接続されて胸にも貫通の激痛が走る。意識が引きちぎられ、ちかちかと明滅していた。

まずい。Lyca-onも、私も。

HeavyImpactの強烈な対地衝撃が私を地面に貼り付ける。足の止まった私を見、磁力使いが展開した磁極付与フィールドめがけて、BOとNAMIが投擲される。フィールドを通過した二つは、それぞれ私の右前足左前足へ、磁気による激烈な加速を以て吸い込まれるように突き刺さった。そのまま両前足は地面へ貼り付けとなり、私は身動きを封じられてしまう。動けない。

チェックメイト、か。

ちく、しょう

コンソール前を映すセルフモニタには、きっとそこに鼻があるのだろうと言う場所を、私の体に近づけて品定めするようにしている感染体達。腹部の感覚は激痛を通り越して空白になっている。失神しそうなのを堪えて、せめて、せめてテンノを殺してやれるのなら……!

だがそれももう。

身動きがとれなくなった私に向けて、剣士がSuperJump。私は針刺しになった両前肢を爆脱して脱出を試みるが、間に合わない。巨大な剣を振りかざして、叩き斬るように落下してくる剣士。狙っているのは、私の、頸だ。これは、あの時私が足を串刺しにして殺した男と、同じ状態?笑止、報いだなどと、思うものか。

死にたくないなんて、もはや思いはしなかった。ただ、こんなところで感染体に邪魔されるなんて、それだけが悔しくて、悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて、痛みなんてどうでもよかった。あの男たちの亡霊?ふざけるな、死にたくないだなどと言いながら兵の中で安穏と生き延びてきただけのクサレ男共が、私の邪魔をするなんて、許せない、許せない!

だが幾ら戦意が残っていようと、今の私にはもう、大剣を振りかざし空中から落下速度に任せて切りかかってくるWarframeを止める術は残されていなかった。

ちく、しょう。ちくしょうっ

それは瞬きを更に千にも分割した一瞬。

斬、という音とともにメインモニターは暗転していた。肩部サブモニタには、宙に放り出された私の頭部パーツが映っている。Lyca-onのシステムが頭部に集約搭載されているわけではないが、今の私は機体と神経リンクしたままなのだ。首を落とされたという事実は、まま、私の本体の痛覚認識にフィードバックされる。感覚結合の遮断命は出したが、応答がない。私の脳は、まもなく自分の体が耐えきれないほどの激痛を発信するだろう。すでに生身の肉体の方は、感染体によって滅茶苦茶になっている。Lyca-onはともかく、私の体が、もうだめだ。

ちくしょぉ……

一方のセルフモニタでは、狭い部屋の中にぎっしりと犇めく感染体の腕や口が私の体に向いていた。喰らう、つもりだ。感染体が、殺した生命体をどうするのかは知られていない。だが、ろくな行く末方にはならないだろう。それに、アンベルはともかく、私はもう、同胞を3人殺した。アンベルが天国にいっても、私はきっと、地獄に落ちる。彼女の遺志に報いようとした結果、死んだ後も離れ離れになっちゃうなんて。口惜しい。言葉が見つからない。悔しい。何と言っても言い足りない。恨めしい。何もかも、不満足だ。私自身、それに、アンベルに対しても。

テンノ、嗚呼、テンノ!貴様等が、貴様等が何もかも滅茶苦茶にした。何もかもを破壊して、自分たちは満たされてさぞ気持ちよかろうが、私達は、じゃあ私達はどうなる、どうすればいい!自分達の正義を振りかざして命を濫獲する貴様等は……!

殺してやりたい。同教の3人が感染体に惨殺されたまさにあの通りに、テンノ、お前達を八つ裂きにしてやりたかった!

でも、それは叶わなかった。私の力では、アンベル、仇は……。

ごめん

私の体を引き裂き弄ぶ感染体達は、いよいよ一斉に身動きのとれない私の体を私が指示しても、Lyca-onはもう、動かなかった。

ごめん、アンベル。わたし、もう

走馬燈、というのが見えた。内容は、今更、笑ってしまう。でも無性に涙、そして、怒り。

呪われろ、呪われろテンノ。貴様らは、他の同志たちが……否、グリニアであってももう構いはしない、きっと、きっとお前たちを根絶やしにする……!口惜しい、この手で、一人のテンノも殺すことができないなんて、悔しい、悔しい、悔しい悔しいっ……!

ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう、テンノオオオおオオオオオオオオおおおオオオオオオオォォォァァアアアアァアアあ!!!!

やりきれない感情が、声になって漏れる。足りない、燃やし尽くして殺しつくしても足りない、何故、何故こんな目にあわなければならない。何故何もかも上手くいかない。何故、テンノばかりが……神に愛されているとでも言うのか!?

どうしようもない、どうしようもできない。ハレーションした色合いは空白になっていく。何もない、無感・空虚。最後に残された望みさえ届かず、悔しさと悲しさが、心臓を絞り上げてくる。呼吸できないのは、Lyca-onの首が落ちたから、ではないようだった。

§

ばかだったのかな、わたし。テンノに勝てるなんて、間違ってたのかなあ

//FatalWarning.Cat_Al_Linerareyouokay? >>...Fuckup

無機質でも最後までそばにてくれた対話型オペレーティングシステム「SETA」。私同様、彼女も間もなく機能を停止するだろう。私のわがままに付き合わせて彼女に無駄な苦痛を与えるのも悪い気がしてしまい、プロセス終了を指示する。

>>Hey,SETA. //Yes,Cat_al_liner. >>booo.oncemore.

そんなこと、今際の際、どうでもいいはずなのに。

>>cmd/killprocessInteractiveMode/*bye-bye*/ //bye,Caro.

……バイバイ、アンベル